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「妻子や両親以外の親類がいないのか? 血縁でなくても友だちとかが危険に晒されたらどうするんだ?」
矢継ぎ早に畳み掛けると、楠井は黙ってしまった。
「そこまで考えてなかったってことか?」
「キリがないよ」
「ああ、そうかもな。だけど、キリがないところまで切り込んでくるのがサイコパスだぞ。あんたは一度奴を裏切ったことになる。後戻りできねぇ覚悟はある訳?」
「離婚でその覚悟はしたつもりだよ」
寂しげな微笑は、覚悟のそれでもあるように見える。緋凪は、一つ息を吐いて楠井に背を向け、空いていた席に座った。
その隣に、楠井も腰を下ろす。
「で、こんな所でどうしたの、こんな時間に。何かあった?」
「別に……」
この男をどこまで信用していいのか、緋凪は考えあぐねていた。
考えすぎると動けなくなる、という谷塚の言葉は覚えているが、考えなしに動くこともできない状況だ。
「……あんたには関係ないよ。じゃあな」
頭を巡らせた末、相手を信用しないことに決めた緋凪は、座ったばかりだというのに立ち上がる。
次の駅で降りるのが得策だ。
けれど、「待って」と呼び止められる。声だけで制止されたのなら従わないが、同時に腕を取られて緋凪は足を止めざるを得なかった。
「これ、君だろ?」
「は?」
出し抜けに目の前へ差し出されたスマホの画面には、どこかで隠し撮りしたと思しき写真が表示されていた。写真に映っているのは緋凪自身だ。
「な、んで……」
「ご両親を殺して逃げたことになってる。本当?」
「違う!」
反射で叫ぶと、レールを走るそれ以外に何の音もなかった室内には存外に大きく響いた。車内にいた乗客の目が、一斉にこちらに注がれる。
驚きと恥ずかしさが一緒くたになって、緋凪は小さく身を縮めた。
「第一……何でそんなモノが……あんたそれ、どこから得た情報だよ」
声のボリュームを落としながら、楠井を睨み上げる。しかし、楠井は困ったように眉尻を下げただけだった。
「ネットに流れてるんだよ」
「ネットだ? どーせアンダーネットだろ」
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