act.12 危機局面

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「あんた正気か?」  言いながら、緋凪はどうにか楠井の腕から抜け出す。しかし、妻子を(しち)に取られているというのは事実のようで、彼も必死だ。緋凪の腕だけは掴んで離そうとしない。 「至って正気さ。妻と娘を守る為なら何だってする。その代わり、今君が警察に行ってきちんと裁きを受けてくれたら、君の命だけは守るし、裁判の弁護も受け持とう。執行猶予も勝ち取ってみせる。もちろん無償でね。悪い話じゃないはずだよ?」 「はいそうですか、って言うとでも?」 「言うしかないはずさ。助かりたければね」 「俺だって元弁護士の息子なんだ。知らないとでも?」 「何を?」  キョトンと楠井が目を瞠る。同時に、電車がスローダウンし始める。 「十四歳未満の犯した罪は刑事責任を問われない」  瞬時、息を呑んだ楠井が、次にうっすらと笑った。 「だが、君は今十三歳だろ? 罪を犯した場合、少年院送りにはできる。俺の匙加減ではね。俺は現役の弁護士だ。釈迦に説法の上、君の知らないことまで深く知っているという意味では君より有利だ。マウント取れると思ったなら甘いよ」  内心で舌打ちする。 「さあ、どうする? 執行猶予が欲しければ俺の言う通りにしたほうが利口だ。君だってバカじゃないと俺は思ってるよ」 「やってもない罪犯した前提でしか動いてくれねぇ弁護士なんて、クソの役にも立ちゃしねぇよ。あんただってそんくらい分かってんだろ」 「おやおや、矛盾してるねぇ。いみじくも、たった今さっき君自身が言ったじゃないか。罠にハマって絡め捕られて、何の傷も負わずに抜け出せる状況じゃないってね」  次の駅名を告げる車内放送がやけに遠くに聞こえ、停車駅の景色がはっきりし始める。 「さ、どうする? 今俺の言う通りに一緒に来てくれるなら、俺は君の傷が浅くて済むよう最大限の努力をすると約束する。少なくとも、執行猶予だけは確実に勝ち取るよ。くどいようだけど無償でね」  取られた腕と楠井の顔の間で視線を行き来させる緋凪を見ながら、楠井が笑みを深くする。自分の勝利を確信している笑顔だ。
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