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画面を確認すると、朝霞からの通話着信だった。
視線だけで無意識に左右を確認し、座っていた席から立ち上がる。
なるべく人の少ない場所を探しながら電話口に出た。
「……もしもし」
『もしもし、凪君? 今どこ? 無事?』
「無事は無事だよ。ちょっと待って今……」
人の少ない場所に移動するから、と続けようとして、緋凪は息を呑んだ。
「……そのまま、ゆっくり進め。大声を立てるなよ」
耳元に低く落とされた声音に、首筋が粟立つ。知らない男の声だ。そして、声の主は緋凪の肩に片腕を回し、通常の音量で「久し振りだな。元気だったか?」と親しげに声を掛けた。
緋凪は咄嗟に、通話状態にしたままのスマホを、ボトムのポケットへ滑り込ませる。
「う、ん……まあね」
ぎこちなく答えながら、緋凪は男にせっつかれるまま歩を進めた。
脇腹にいつの間にか、何かが押し当てられているのが分かる。衣服の上からではそれが銃口なのかナイフの切っ先なのかは判断が付かなかった。だが、引き金を引くなり押し込まれるなりされれば、とんでもないことになるのは確かだ。
促されるまま歩いて行くと、またも先頭車両に行き着いた。
電車で空いているのは、時間帯にもよるが、大抵先頭か最後尾の車両――つまり、ホームから乗る時階段から遠い場所と相場は決まっている。
人目を避ける為だろう。男は運転席のすぐ後ろの、広い空間まで緋凪を誘った。
そうして緋凪を角へ追い込み、自分が緋凪と第三者との盾になるように立つ。男はそれきり、何も喋る気配がない。
「……少しいいか」
比較的小声だった所為か、男は「何だ」と応じた。
「あんた、結局何がしたいんだよ。要求は?」
「このまま俺と来てくれればいい」
「どこの誰かも分からないのに付いてくバカいないぞ。小学生だって、知らない人にホイホイ付いてくなって教わるのに」
「俺は楠井から要求を受けてここにいる。お前が不用意に逃げ出すから、俺の出番になったんだ。お前こそ、少しは大人に従うってことを覚えたほうがいい」
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