act.13 three years later

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 もっとも、これらの予測はすべて、常識的な範囲での話だ。  ここまでで十二分に非常識なことをやってきた連中相手に立てる予測としてはあまりにも甘いと言わざるを得ないのは、緋凪にも分かっている。  分かってはいるが、ほかにどうしようもない。とにかく行動するしかないことだけは確かなのだ。  車内放送が、次の停車駅が近いことを告げる。  もう一つ深呼吸し、伏せた目を上げると、鏡のようになったガラスに映った自分と目が合う。 (最悪、命があればそれでいい)  掠り傷も、身体のどこかに負う傷も、ひとまず無視する。痛くてもその場に(うずくま)ることだけはしない。  それだけを決めると、緋凪はガラスの中の自分に目だけで頷いた。  電車がスローダウンし、駅の風景が徐々に見え始める。  時刻は午後八時前後だろうか。だのに、東京の真ん中だからか、人はそこそこいる。  完全に電車が停車する直前、背後の男が「降りるぞ」と声を掛けた。無言で首肯すると、男は緋凪を扉の前へ立つよう促す。  ただ、降りるも何も、この電車はここが終点なのだ。トレイン・ジャックでもやらかさない限り、この車両に乗ったままこの先へは行けない。  周囲に怪しまれない為か、この時の男は、緋凪の肩に腕を回してはいなかった。しかし、凶器だけは変わらず腰の辺りにポイントされている。 『碩水茶屋駅。碩水茶屋駅……』  扉が開く音と共に、ホームにアナウンスが流れる。この電車は折り返しらしく、それまで乗っていた客と入れ替わりに、ホームで待っていた人たちが乗り込んで行く。  乗客の一団と完全にすれ違った瞬間、緋凪は何の準備動作もなく駆け出した。  けれど、男は先程の楠井と違ってプロだった。そんな動きはお見通しとばかりに緋凪の襟首を簡単に掴んで引き戻す。 「……ナメられたもんだな。痛い目見ないと分からないか?」  舌打ち一つすると、緋凪は無言で次の攻撃に出る。襟首を掴まれているのを利用し、男の腕に体重を預け、思い切り足を後ろへ蹴り出した。
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