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前腕部を緋凪の喉元に押し当てているのは、角谷だった。
相手との身長差の分だけ足が宙に浮いて、首吊り状態になっている。意識が落ちる前にどうにかしようと足を蹴り出した。
角谷がその場を飛び退く。解放された緋凪は咳き込みながらも電車に駆け込もうとした。その足下をすくわれひっくり返る。しかし、角谷には皮肉なことに、倒れ込んだ先は電車の中だった。
そのタイミングで扉が閉じる。
肩で息をしながら閉じた扉を呆然と見上げた。そんな緋凪を、周囲の乗客たちが好奇混じりの視線で見ていたが、気にならなかった。
程なく走り出した電車の中で、四つん這いで車内の端に寄って膝を抱える。今になって震え出した身体を宥めるように、緋凪は自分自身を抱き締めた。
***
(――……最悪)
目を開けて、最初に胸の内に落ちてきたのはその言葉だった。
一つ息を吐いて、緋凪は前腕部を額に乗せる。
四年前の出来事――それも、今の生活に繋がる初めの頃のことを夢に見るなんて、随分久し振りだ。あれから程ない時分は、悪夢の終わりはいつも叫んで跳ね起きていた。
今日はそうでもなかったが、悪夢の余韻に心臓はいつもと違うリズムでのた打つように脈打っている。
幾度か深呼吸を繰り返し、緋凪は鈍い動作で起き上がった。うなじを覆うほどに伸びた緋色の髪が、さらりと首筋に滑る。
そうするともなしに室内に目を投げた。深い青色が、無感動にその場を睥睨する。
あのあと、緋凪を養子として迎えてくれた朝霞と共に暮らすようになってから、早三年が経っていた。その三年間の内に見慣れた自室は、ひどく殺風景だ。
両親と暮らしていた頃と、インテリアの配置はほとんど変わらない。
ベッドと勉強机、洋服ダンス。家具は以上と言ってもいい。読書も変わらず好きだが、今は店先に出ればいくらでも読める。自分の部屋にある本棚には、お気に入りが数冊並んでいるだけだ。
その風景は、今は亡き谷塚の仮住まいを彷彿とさせる。レイアウトは無意識だったのだろうが、それを思うと胸奥深くが鈍く痛んだ。
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