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一緒にいた時間こそ短かったけれど、間違いなく彼も緋凪にとっては大切な家族だった。遠い親戚のおじさん、というのが一番近い表現だろうか。
もっとも、彼に関しては遺体を直接見ていない所為か、未だに亡くなったという実感が沸かない。今もあのネットカフェの730番ブースに行けば、会えるのではないかという気がしている。
(……下らない)
瞼を閉じて、取り留めもない回想を強制的に終わらせる。無造作に緋色の髪を掻き上げると、汗でべた付いているのにようやく気付いた。あんな夢を見たら、寝汗の一つや二つ、掻かないほうがどうかしている。
はあっ、と朝から盛大な溜息を一つ吐いて、緋凪は床へ足を下ろした。
ベッド脇のチェストに置いてあったスマホを確認する。時刻は午前七時半だ。
「……何?」
覚えず声に出る。もう一度時間を確認した。どう見直しても七時半――いや、この間に一分進んで七時三十一分だ。
「やっば……!」
そうしても仕方がないのに、緋凪は一瞬左右を見回した。前日の内に揃えておいた着替えを引ったくるように掴んで自室を飛び出す。
シャワーを浴びるか否か数瞬迷った末に、二階にも設えられているバスルームに飛び込む。
これが、学校へ行くのなら無視しても構わなかったが、今は違う。何と言っても客商売だ。そう、たとえカフェにさえ来る客が極端に少なかったとしても――いや、カフェだからこそだろう。
仮にも食品を扱う店先にいる店員が、あからさまに朝から汗の臭いをさせてるなんて有り得ない。いつからこんなことを意識するようになったのか、自分でも不思議だった。
両親が亡くなってからしばらくは、何事にも無関心でしかいられなかったのに。
蛇口を捻ると、秋口に浴びるには少し冷たすぎる温度の水が頭から掛かる。だが、それがちょうどいい。悪夢に浮かされた頭を冷やすには。
そう思いながら目を上げると、バスルームにある鏡の中から、あの頃より輪郭が鋭角になった少年の深い青色の目が、自分を見つめる。
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