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act.14 彼女の来訪
「あーらオーソヨー、なーぎ君」
リビングに入ると、手痛い挨拶で迎えられた。緋凪は悪夢の追い討ちに遭ったような気分で、その綺麗な顔をゲンナリと曇らせる。
「……寝坊したのは悪かったよ」
シャワーで悪夢の余韻を洗い流していたら、結局現在午前八時過ぎだ。朝食の準備どころか、カフェの下準備もアウトな時間帯で、今日カフェは臨休決定である。いつもなら六時には起きて、二つの準備を同時進行しているところなのだが。
「うっわ、緋凪君何そのカッコ、寒々しい」
さり気なくその場にいた宗史朗曰くの『寒々しいカッコ』とは、ジーンズのボトムにタンクトップ、肩先にタオルだけを引っかけたそれだ。
確かに十一月も半ばになれば、こんな格好は寒々しく見えるかも知れない。
「あんたはいつ来たんだよ、宗史朗」
しかし、宗史朗の言い分には頓着なく、頭髪に残った水分を肩に掛けたタオルで拭いながら、冷ややかな流し目をくれる。それをものともせず、「今さっきかな」と宗史朗はのほほんとのたまった。
「朝霞さんに叩き起こされてさー。緋凪君が起きて来ないからコンビニで何か買って来てくれって」
「……なーんで俺を起こさないかな、朝霞サンは」
「その前に自分で買いに行ってって話だよね」
「律儀に買って来た奴が言う台詞じゃねぇだろ」
それにしても、自分でどうにか手料理をしようとしなくなっただけ進歩したものだ。何せ、彼女の料理の腕と来たら本気で壊滅的なのだ。
以前、宗史朗に聞いた『彼女は料理が得意じゃない』という評価は、大袈裟でも身内謙遜でもなく事実だったと、緋凪も自身の舌ではっきりと確認した。しかも、緋凪と同居し始めてしばらくはその自覚がなかったのだから、権力を持った暴力団よりある意味タチが悪かった。
――というのは、緋凪も宗史朗も、賢明にもこの場では口には出さなかったけれど。
他方、緋凪にやはり冷えた目で睨まれた朝霞は、珍しく言い淀んだ。
「……うん、まあねぇ。お養母様もこう見えて気ぃ遣うこともある訳よ」
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