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「どこに気ぃ遣ってんだか」
吐息混じりに返して肩を竦めたものの、緋凪は何に気を遣われたのかを何となく悟っていた。大方、うなされてるのを垣間見られたのだ。
それならそれで、早く悪夢から救ってくれればいいものを、そうしたらしたで多分そのあとの対応に、朝霞自身が困るから放置を選んだのだろう。
(……それって結局、気ぃ遣われてんのか遣われてねぇのか……)
はーっ、と何度目かで朝から疲れた溜息を吐きながら、緋凪はキッチンに回る。細口ドリップポッドに水を入れ、火に掛けた。
「コーヒーだけでも淹れるけど、宗史朗も飲む?」
「わあ、いいの?」
「まあ、俺の寝坊のトバッチリ食わせたみたいだから、今日は無料で淹れてやる」
「わーい、ありがと」
皮肉混じりの言葉にも素直に喜べるのが、この男の長所だと思う。
「ところで宗史朗」
「何?」
「あんた、叩き起こされたって言ったけど、今日仕事は?」
三年前の事件のあと、宗史朗は本人の希望通り警察学校へ進み、今は刑事として働いている。佳月の飲酒運転に対する疑いだけは、ドライブレコーダーの映像・録音と、周囲の友人知人の証言で晴れたからだ。
ついでに言えば、車への細工されていたかも知れない件も、ドライブレコーダーにバッチリ映っていたらしい。もっとも、犯人の人相などは未だ分からないが。
所属は、このカフェもある地域の所轄・知來東署一課らしい。
「お休み。キチョーな朝寝坊できる日だったんだけどね」
「へーへー、すいませんー」
ベッ、と舌を出しながら、湯が沸くのを待つ間に、サーバーとドリッパーを用意する。ドリッパーにペーパーフィルターをセットしてから、人数分のコーヒー豆を挽いて、フィルターに放り込んだ。
***
『理不尽な困り事、相談に乗ります』――
その文言を、メニューの一番端っこに備えたカフェ兼古書店が開店したのは、二年ほど前のことだ。
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