act.14 彼女の来訪

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 路地入り口にある小ぢんまりとした立て看板が、辛うじて道行く人に、その奥にカフェがあることを教えている。看板には、『カフェ瀧澤古書店』という店名と、『こちら』という文字と共に矢印が書かれていた。  人がようやくすれ違えるくらいの細い通路を抜けると、開けた場所に出る。前庭は、縦幅三メートル、横幅五メートルほどだろうか。  オープンカフェとして使用されている庭には、全部で五組の丸テーブルと椅子のセットが並んでいる。  その奥に、ひっそりと建っている本店舗である建物は、レトロという言葉がピッタリなデザインだ。壁は石造りで、蔦が生い茂っており、窓をも覆い隠さんばかりに張り付いている。だが、手入れが行き届いていないとは映らない。店員である緋凪が言うのも何だが、寧ろ(おもむき)があっていい。  分厚そうなドアは木製(もくせい)で、上部にポツンと明かり取りの磨り硝子が取り付けられている。  コロン、とカウベルの音を立てて、緋凪は店の外に出た。腕を突き上げ伸びをしてから、庭先に向き直る。  今日はやむを得ずの臨休だが、一応黒いソムリエ・エプロンに、白ワイシャツと黒のスラックスを、均整の取れた無駄の肉の一切付いていない身体に纏っていた。  庭先に設えてあるテーブルセットの拭き掃除をする為だ。外にあるそれには時節柄、毎朝霜が降り、昼になるに連れ水滴に変わる。手入れを怠ると、あっという間に錆がいってしまう。 (やっぱこれ、夜は中に入れたほうがいいよなぁ……)  脳裏でぼやきながら、緋凪は籠に入れて持っていた乾いたタオルでテーブルを拭きに掛かる。  置く場所がないし、そもそもテーブルのほうは安定をよくする為、脚を地面へ埋めてしまっているから移動のしようがない。というのが朝霞の言い分だが、結局こうしてメンテナンスをするのは緋凪だ。彼女は店長という名分で店にいるのだけれど、料理が無能な時点で店を回す役には立っていない(古書店の店番くらいはできてるよ、というのは本人の言だが)。
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