act.14 彼女の来訪

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 バイトを雇うということも頭によぎらないでもないが、裏の商売の都合上、そうおいそれと外部の人間を関わらせるのも(はばか)られた。  なぜか今日は朝から溜息ばかり吐いている、と思いつつもまた一つ吐息を漏らした直後、かすかな物音を耳に捉えて、緋凪は顔を上げる。 「……あ、の……」  緋凪が睨んだように感じたのだろうか。ビクリと身体を震わせると同時にそう声を漏らしたのは、一人の少女だった。  年の頃は、緋凪と同じくらいだろうか。着衣は普通の――丈の長い白いセーターにマフラー、茶色のショルダーバッグ、カーキ色の膝丈スカートとやや踵の高いローファーという普段着姿だ。  客だろうか、とも思ったが、カスミソウの花束のような、静謐な美貌には見覚えがある。肩先の長さでフワフワと揺れる緩いウェーブの掛かった髪が、記憶の片隅をくすぐった。 「……ユハ……?」 「……やっぱり凪?」  緋凪は反射的に手に持っていたタオルと、籠を放り出した。しかし、それより早く少女のほうが緋凪に駆け寄る。彼女は、躊躇いなく緋凪に抱き付いた。 「……よかった、凪。無事で……」 「……ユハ……なのか……何で、ここに……」  呆然と言いながら、そっと彼女の背に手を添える。  ユハ――冴映。春日の妹で、引っ越して行った四年前から音信不通だった、もう一人の従姉だ。 「あれから何回か……父さんと母さんが死ぬ前までは電話してたんだぞ。メールも……繋がらなかったけど」 「ごめん……ごめんね。ウチの両親がどうしても……もう凪の家とは関わるなって。離島に越してからすぐ携帯解約されちゃって……」 「……そんなことだと思った」  吐息混じりに言うと、冴映はようやく顔が見える位置まで身体を離した。その瞳は、無表情が常だった彼女には珍しく、泣き出しそうに潤んでいる。 「じゃあ、何で今頃……どうやって俺の居場所が分かったんだよ」 「あたし、今東京に住んでるの。高校、こっちの学校受けたから。全寮制の」 「全寮制?」 「うん。あのさ、少し話せない? こっちに来た理由とかも……話したいこと沢山あるわ」
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