act.1 告白

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「いいのよ、別に。これから下履きの回収しなくても、あたしは全然困らないし」  平板な口調の脅し文句は、怒声で凄まれるよりも怖い。早々に白旗を揚げた。 「……分かったよ」  緋凪の返事に、冴映はこの部屋に来てから初めて微笑した。普段は無表情な顔が、笑うと花束にしたカスミソウのように静かに、それでいてパッと華やぐ。 「ついでだから訊いていい?」 「何を」 「今日は何の緊急避難だったの?」  問われて、緋凪は一つ息を吐いた。彼女に背を向け、机にラブレターの束を放る。投げ出すように椅子に腰を落として、彼女に向き直った。 「不良グループからの逃亡」 「こないだもそう言わなかった?」  キョトンと小首を傾げた彼女に、「こないだとは別のグループだよ」と肩を竦める。  小学校時代は一学年せいぜい二クラス、多くて三クラスだったものが、中学校となると小学校が数校合併した状態になる。その分、不良グループも増えるらしい。 「あと、それに教師までくっついて追っかけて来やがったから」  ああいう逃走劇も、緋凪にはよくあることだ。  ほかにもスポーツ部のしつこい勧誘を避ける為に、昇降口でない所から下校せざるを得ないことが多い。必然、上靴で帰宅し、下履きは靴箱で待ちぼうけだ。  いつの頃からか、その待ちぼうけとなった下履きを、同い年で同じ学校に通う従姉である冴映が、あとから回収して来てくれるようになっていた。 「ふぅん」  その冴映は、自分で訊いたクセにもう興味を失ったような顔をして「モテる男も辛いね」とまた淡々と言った。 「疲れるだけだ」  再度溜息を吐いて肩先を上下させる。  それにモテるの意味合いが違い過ぎるし、と脳裏で付け足した時、「ただいまぁ」という声に一拍遅れて玄関が開閉する音がした。 「凪くーん、帰ってる!?」  よく通る声が、階段を駆け上がる音と共に緋凪の私室に近付く。 「凪君っ!」  開きっ放しだった扉から、等身大の日本人形のような少女が駆け込んで来た(もっとも、格好は和服ではなく、深緑のハイウェストスカートとパフスリーブで半袖のブラウス、襟元には大きな深緑のリボンという制服姿だが)。 「お帰り、春姉(はるねえ)」 「お帰り」
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