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緋凪と冴映が口々に言う。
春姉、こと市ノ瀬春日は、冴映の姉で、緋凪にはもう一人の従姉だ。緋凪と冴映より四つ上の、今高校二年生である。
「ただいまっ。ねぇ、今ちょっといいっ?」
足踏みしながら言うと、春日は緋凪の部屋の扉を閉めそうになった。
忙しく口を動かしながら動くその姿は、日本人形の楚々としたイメージからはまったく懸け離れている。
「いいけど、手洗いうがい顔洗いとか着替えとか、外から帰ってきたらする儀式を終える間もない訳?」
やや呆れたように問うと、「あ、いけない」と先に言ったのは冴映だ。それ以上何か言うこともなく、彼女はさっさと緋凪の部屋を退出する。
春日のほうは、やや不満げに山桜桃の実のような唇をへの字に曲げた。
だが、やがて吐息と共に無言で回れ右し、妹に倣う。カラスの濡れ羽色をした真っ直ぐな髪が、弧を描いて彼女の動きのあとを追った。
***
「――いじめ?」
「に遭ってる?」
必然、話を一緒に聞くことになった冴映と共に、緋凪は眉根を寄せた。
ベッドと勉強机の間に空いたスペースで、三人は丸いローテーブルを囲んでいる。ローテーブルの上には、緋凪の母が三人のおやつにと買ってあったコンビニケーキとペットボトル入り紅茶が鎮座していた。
「……いじめっていうより……もう嫌がらせっていうかストーカーっていうか……」
同じく眉間にしわを刻んだ春日は、ペットボトルを傾けて溜息を吐いた。
春日によると、ことの起こりは昨年の九月。
夏休み明け、華道部の帰りに突然、見知らぬ男子生徒が声を掛けてきたという。
「名前は、小谷瀬臨。学園理事長の息子らしいんだけど……」
当然のように『ボクのこと、知ってるよね?』と言われて、当時一年生だった春日は面食らった。
『いいえ』
首を横に振ると、相手も面食らったように瞠目した。
『本当に知らないの?』
『はい』
『一度も顔も見たことない?』
『全然……あの、もういいですか? 私、帰る所なので』
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