オダマキの蕾

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オダマキの蕾

「お前の姉ちゃん、あれ駄目だぞ」 休み時間、いきなりそう言われて僕は首を傾げた。 次は移動教室で音楽だから早く行きたいんだけど。 「いつもあんな感じなのか?」 (あんな感じ?) 「ほら。手ぇ繋いでんの? 今朝もそうだったんじゃん」 焦れたように言う亮蔵に、ああそのことか。と軽く頷いた。 そろそろ教室に残ってる人達が少なくなってきて内心少し焦る。 すると彼はこれみよがしの大きなため息をついた後に、僕の両肩に手を置いて重々しく口を開いた。 「あのなぁ、普通の姉ちゃんはあんな事しねぇの。分かる? したとしても保育園までだっつーの」 「?」 「キョトンとした顔してんじゃねぇよ。俺は、友達だから良いんだ。友達は、その……うん」 尻すぼみになっていく彼の言葉を聞いてるフリをしながら、いよいよ教室が僕と彼だけになってしまったことに苛立ってきた。 ただでさえ僕はこんなんなのに、これ以上遅刻とかして目立ちたくないんだけどな。 「えっと、その。とにかくっ、今日は俺とお前の二人きりで帰るからな」 (別に良いけど) 誰と帰っても。 でも侑花は承知するだろうか。 「それとな。お前これ」 「?」 突然机の中をごそごそと探り出して。彼が取り出したのは1冊のノート。 真新しい新品のそれは、まだ値札が貼ってあるのが彼らしい。 「交換日記しよう」 (なにそれ) いや交換日記の意味は分かるけども。突然だな。 「入院中は写真に書いただろ? だけど、今度からはノートに書こうぜ。まず俺から書いてくるから、な?」 (別に、いいけど……めんどくさいな) 拒否するのもめんどくさいから、とりあえず頷く。 どうせノート3分の1、いや4分の1いかないうちに飽きてやめるだろうし。 僕が承諾したことに気を良くしたのか、彼は満面の笑みでさらにノートを出てきた。 交換日記をするものより一回り小さいものだ。 「あと。なんか言いたいことあったらお前はここに書け。筆談ってやつだ」 (あ。これは便利かも) 今まで何故か思いつかなかった。まぁ、いきなり筆談し始めたら驚くだろうけど。 彼がしろというなら問題あるまい。 「これでお前のこと、もっと分かるようになるなぁ」 途端嬉しそうに声を出して笑う彼が、まぁやっぱり眩しい。 太陽のような子だな、最初のイメージは間違ってなかった。 (ま、せいぜい楽しめばいいよ。友達ごっこ。善行っていう自己満足を満たせばいい) ……なんて冷めた目で見ている僕とは全く正反対。 そんな僕らの耳に聞きなれた校内放送が入ってきた。 「あ、やべっ、授業……」 「ッ!」 始業を知らせるチャイムが他に人のいない教室内に鳴り響く。 僕は慌てて駆け出さねばと、荷物を雑に抱えて教室のドアを開け放つ。 「行くぞ」 その声とともに、いつの間にか前にいた亮蔵の熱い手が、僕の右手首を掴んだ。 強く引いて廊下を全速力で走る彼の物言わぬ背中を見る。 ―――すると不思議な事に、ほんの少しだけ『こういうのもまぁ悪くない』って思えた。
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