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授業が終わって、準備して立ち上がった瞬間。
「侑李! 帰るぞ」
また手を掴まれた。今度は少し柔らかく。
それにしても、本当に彼らは僕を幼児とでも思っているのだろうか。大人しくついて行く僕も僕だけど。
「お前の姉ちゃん、今他の奴らと喋ってるから先に行こうぜ」
(え?)
いつもなら僕が先に終わったら玄関の所で彼女を、待っているのだけれど。
それがお約束、というか暗黙の了解というか。
『待ってなくていいの?』
一旦彼の手を離して、初めてノートを取り出し書いて見せる。
彼は少し驚いたように目を見開き、太い眉を上げたが口元を緩めて答えた。
「お、おう。大丈夫だろ。今日は俺と2人で帰ろうな」
「……」
(ま、いいけど)
何を考えているのか知らないけど。大体の奴は侑花と帰りたがるのにな。変なやつ。
首を縦に振って彼の反応も見ず、さりげなく掴まれた手を解いて教室を出ようと歩き出した。
後ろからバタバタと、もつれるような足音がするのを耳で感じる。
……こういうの、やっぱりめんどくさいなぁと思う。
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夏に比べて随分日が短くなった。
ともあれ橙色に染まった雲や空が広がるまで、まだ時間がありそうだ。
空の青は常に憂鬱で塗りつぶされているような僕の心を多少明るくしてくれそうな気がする。
―――僕は隣をそっと見てみた。
彼ら実に楽しそうに喋っている。僕は一応聞いてはいるが、ほんと言うと聴いてはいない。
何となく相槌打つみたいに頷くくらいだ。別に全く聞いてないこともないけど、内容が他愛ないクラスメイトの話やなぜか家の花壇の話をしているから。
(それにしてもよく喋るな)
侑花も話しかけてくるけど、それとは違う。
どうしても聞いてなきゃとか、相槌打たなきゃとか思わない。心地の良い音楽みたいに、声変わりをとうに済ませた低い声が滔々と耳をくすぐり通っていく。
「でさぁ……あっ」
「?」
突然声を途切らせ足を止めた彼。僕も立ち止まり彼の視線の先を合わせる。
自販機だ。昨日もここで立ち止まったっけ。
「……喉乾いたな」
彼は呟き再び歩き出しながら、ポケットから小銭を出す。
「奢ってやるよ」
断ろうかとも思ったが、正直めんどくさくなった。
(後でお金返せばいいや)
だから素直に首を縦に振る。どれがいいと聞かれたので選ぶと彼は1つ頷いてそれを買い、僕に手渡してきた。
『ありがとう』
という意思を込めて頭を下げ鞄の中の財布を探るが、要らないと手と表情で制されて諦めた。
「今度、な」
そう言われたら何も言えない。いや、そもそも喋れないのだけれど。
「公園で飲もう」
そう言って先立って歩く彼について、ふと今の自分が手を繋いでいないことに気が付く。
僕も彼も荷物やジュース持ってるから仕方ないか。でも、なんだか手がやけに寒い。
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