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僕のことを叱らなかったのは、やはりこの双子の姉だけだった。
「ご、ごめんなさい……」
母の涙ぐんだ怒りの瞳を前に、小さな声で謝る。
「なんでこんな事を。貴方って子は」
何度も繰り返される答えの受け入れられない問いは、重々しい空気の病室の空気に溶けた。
白い部屋。壁紙が少しくすんでいるのは、この病院がれなりに歴史のある……旧い建物だってことだ。
近いうちに改装するとかしないとか。そんなことを数週間前、通院した時に看護師達が話していたのを小耳に挟んだ。
「ママ。もう」
侑花が見かねたのか思わず口を挟むと、母はその身体を抱き寄せ静かに嗚咽を漏らす。
僕はそれを見据える事も出来ず、臆病にも俯くことしか出来ない……何故こんなことをしたのか、僕本人が一番知りたい。
あの瞬間僕は川に飛び込んだ。長いようなあっという間のような。寝て目覚めたような感覚で、気が付くと救急車の中だった。
つまるところ僕は溺れている人を助けようと飛び込んで、自分が溺れてしまったということらしい。
(最低……)
本当に死んでしまえば良かった。なんて母に聞かれたら平手打ちを食らうような事を考えてしまう。
結局、僕が飛び込んですぐさま侑花が周りの大人に知らせて更に僕とその溺れていた人を助けたのだと聞いた。
……人助けをした姉と、不用意な行動で足を引っ張った弟。
惨めさに涙も出ない。
「ママ、あたし喉乾いちゃった。一緒に売店行きたいな」
彼女の言葉に、母は溢れた涙を拭うと『そうね』と優しい声で言った。
そして涙の浮かんだ笑顔で、僕の頭を優しく撫でて『ごめんね』と呟く。
「ううん。いってらっしゃい」
母も優しい人だ。
本当は僕のこと、許したくないだろうに許そうとしてくれる。
僕は優しい人達に囲まれている。それを充分すぎるほど知っている。
(なのにどうして、こんな人間なの?)
立て付けの悪いスライド色のドアが緩やかに締まり、二人が病院の個室から出ていった後。
寝心地の悪い布団に深く潜り込んで……一人泣いた。
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