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深紅のゼラニウム
街路樹の色が少し変わって、季節が僕の先を行ってしまった事を知る。
こういうこと一つ一つが、僕が周りから置いていかれた事を見せつけられたような重苦しい気分。
朝の少しひんやりした空気を震わせ小さく息を吐いた。
「侑李、大丈夫?」
侑花が足を止め、僕の手をやんわり握りながら顔を覗き込んでくる。
血が繋がっているとは思えない位の華やかな顔立ちは見るだけで劣等感を刺激されるな、と思ってすぐに我ながら歪みすぎだと苦笑い。
兄弟だからってなぜ彼女がここまで僕を気にかけるのか理解できない。
僕なら……。
(外ではダンマリの弟なんて一緒に歩いていても楽しくないけどな)
一度彼女に言ったことあるけど『あたしが侑李と行きたいの』って抱きしめられた。
まるで母親の愛のようなその腕の中はとても暖かかったけれど、僕の心は真逆に冷えていくようだ。
やはり僕は彼女を縛り付けてしまう存在なんじゃあないかって再確認させられた形に思えて仕方がない。
なら喋れよって言われるかもだけど、それが出来たら苦労はしないんだ。
相変わらず僕の声帯はストライキを起こして、外に出れば全く機能しなくなってしまう。
……出口が見えない、と一度母が零した言葉に僕も同意だ。
このままずっと喋れなかったらどうなるんだろう。漠然とした不安が常に目の前に口を開けて僕を飲み込もうもしている。
「調子悪かったすぐに先生に言うのよ? あたしもすぐに一緒に帰ってあげるから」
―――侑花の言葉に頷こうとした時だった。
「俺に言えよ。クラス一緒だろ、俺が連れて帰ってやるから」
肩をぽん、と叩かれたと同時に飛んできた声を追って振り向く。
(梁取、君)
今日も太陽のような表情をした彼が軽く息を弾ませ僕の隣に立っていた。
大きな口をニッと上げて笑う彼。僕も戸惑いながらも、つられて顔に力を入れる。
笑みらしきモノは浮かべられただろうか。
「あら。おはよう、梁取君」
侑花の声が少し硬い。警戒心という棘をそこらかしこに散らしたような声だ。
そういえば彼女は僕が病室で彼の話をするのを、あまり良い顔をしなかった。もちろん表立って言葉にすることも、あからさまな表情を作ることもしなかったけれど。
それでも産まれた時から一緒にいる僕には多少の感情の変化くらい分かる。
……どうやら彼女は彼をあまり良く思っていないらしい。
(同じようなキャラだから合わないのかな)
基本人見知りすることなく、すぐに友達を作ってしまう彼女にとっては珍しい。
もしかしたら僕を心配してくれているのかもしれない。
今までのこともあるし。
「おはよ、亮蔵でいいぜ。あ、侑李もな」
僕の手を取って彼はなんの照れもなく言った。
そこでふと思考を途切らせて、やっぱり彼の手がすごく熱いのに驚く。人って体温差あるのは知ってるけど、まるで赤ちゃんみたいに手が温かいものだから、思い出し笑いをしてしまう。
「やっと笑ったな。うん、笑顔もいいぞ」
やな……いや、亮蔵が満面の笑みだ。僕が笑った事は気にしていないらしい。
それにしてもなんだかくすぐったいことを言う奴だな、と思った。
「……遅刻するけど」
僕達2人を見た侑花が言った。
なんだか少し不機嫌な様子だったが、手を引いて先を歩くものだから僕にはその表情が分からない。
―――こうして僕は、姉とクラスメイトに両手を繋がれた状態で登校することになった。
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