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第1節 ~ 野に咲く花 その1 ~
「あら、トーレさん。おはようございます! 早いですね」
アンゲラは持ち前の明るさで、先にトーレに挨拶してきた。
「やあ!アンゲラ。今日も朝から良く働いているね」
トーレもすぐに挨拶を返した。
「...その花束は?!どうしたんですか?」
アンゲラは坂の上まで上がってきたトーレを見て、目を輝かしつつ言った。
「あ、ああ...これは、バントールのキャサリーンさんと10時から打ち合わせなんで、お店の改装記念に渡そうと思うんだ」
トーレはそう言いながら花束を持った左手をちょっと振り上げた。
「...あ、そうなんですね...」
アンゲラはちょっと落胆したように応じたが、すぐに気を取り直して__
「待ち合わせが10時だと、まだ40分以上ありますよ? それまで日向にいたら花が萎れてしまいます...うちの店は開店が11時だけど、10時まで店の中で待っていませんか?」
「え、開店前の店の中にいたら仕事の邪魔じゃないか?」
トーレはちょっと遠慮がちに言った。
「いいえ、大丈夫ですよ。窓際のカウンター席に座ってください。 どうぞ!」
アンゲラは勢いよく店の扉を開いてトーレを招き入れた。
「ありがとう!...アンゲラ。それじゃ、ちょっと座らせてもらうよ」
トーレは一応馴染みの客であるので、遠慮なく店の中に足を踏み入れると、アンゲラの案内で、海に面した横一列の窓の下のカウンター席の一番左端の席に腰を下ろした。
ここからは波止場の広場の朝市や、港に行きかう船や、穏やかな海面を良く見渡すことができる。
トーレが自分の右隣の席の上に花束を載せていると、厨房から40代の店の主人が笑顔で現れ、カウンターに近づいて来ると、トーレの前のカウンターテーブルの上に炭酸水の瓶を1本置いた。
「やあ、トーレ! こいつは俺のおごりだ。飲んでくれ! 今アンゲラから聞いたよ。バントールの娘さんと打ち合わせだって?」
厨房から現れた男の名はルッジエロといい、この店の店主兼料理長であった。
「え?いいんですか?ルッジエロさん」
トーレは驚いて聞き返した。
「ああ。俺も今朝、散歩中にバントールの店の新しい看板を見たよ、、、いい出来じゃないか! 威勢のいい船乗りがこれから出港していく様子が、何とも映画の一場面のようだったよ」
ルッジエロはトーレの描いた看板の絵を褒めたたえた。
「ありがとうございます!そう言ってもらえると嬉しいです!」
トーレは少し頭をかきながらそう答えた。
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