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「オルレアンを奪還せねば我らに未来はございませぬ!」
軍人貴族ジル・ド・レがそう進言してきた日が遠い昔のことのように思い出される。実際はほんの一年も経っていないのであるが。
ジルに言われずともオルレアンの重要性は王―この時はまだ王太子だったが―も十分承知していた。
王家の拠点であるオルレアンは当時イングランド軍に包囲されていた。辛うじて抵抗を続けていたものの陥落するのは時間の問題だった。
もしオルレアンがイングランドの手に落ちれば、彼の国はオルレアンを足掛かりにしてあっという間にフランスを侵略し尽くすだろう。後世『百年戦争』と呼ばれることになる大戦はフランスの黒星で幕を閉じようとしていた。
それだけは回避しなくてはならない、とジルは熱く語った。だが、続いてジルが語った戦略は王には受け入れがたいものばかりだった。
なにせ余りにも非常識で、あるいは残虐とも言える戦略が飛び出したのだ。仮にそれで勝利したとしても戦後、フランスが非道な国家という汚名を被ることは避けられそうになかった。
しかしそうでもしなければオルレアンを取り戻せないのも事実だった。会議が危険な賭けに出る方向に傾きかけていたその時、シャルルの頭に1つの考えが―まるで神が彼の耳元で囁いたかのように―思い浮かんだ。
「義は我らにあり!なければ創ればよい」
そうして始まったのが『偶像の乙女計画』だった。シャルル7世の命で庶民出身の、それでいて信仰心の強い少女が計画の中核として選ばれた。それがジャンヌだった。
王たちはジャンヌを預言者に仕立て上げた。神の言葉を聞き、フランスを勝利に導く救世主であるという噂を流した。
ジャンヌは牛飼いの娘として相応に無知な少女だった。戦の常識などそもそもそんなものがあることすら知りもしない。そんな彼女だからこそ、祖国のためと言えばどんな非道な作戦でも指揮した。
それでいて味方には聖母のような慈愛をもって接した。神に守られた己は無敵だと信じ、先陣や殿≪しんがり≫といった危険なポジションを積極的に担った。
そんな彼女は兵たちに慕われ、軍全体の士気向上に貢献した。
そして遂にオルレアンを奪還し、シャルル7世を玉座へ導いた。
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