偶像の乙女

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 そう、ジャンヌは実によく働いた。王は現在に意識を戻す。  ジャンヌは依然として食器を鳴らしながらケーキを文字通り頬張っている。それはあまりにも醜い食べ方だった。  こんな基本的マナーすら解していない少女が今や人々に救世主として扱われているのだ。  ならば、真に救世主(キリスト)としてくれよう。シャルル7世は口元に邪悪な笑みを浮かべた。  フランスの勝利が秒読み段階に入った現在、ジャンヌの存在は王にとって日に日に邪魔なものとなっている。  兵士を含む国民はジャンヌを信じすぎている。一歩間違えれば王家の権威すら脅かすほどに。『偶像の乙女計画』の発足に関わったジルですら近頃はジャンヌに魅了され、彼女は本当に神の使いで、自分たちは神の導きにしたがってジャンヌを見出したのだと言い始める始末だった。  何より、ジャンヌが注目され過ぎることでフランス軍の非道な作戦が明るみに出る恐れがある。そうなってはわざわざ牛飼いの娘なぞを担ぎあげた意味がなくなってしまう。  遅かれ早かれ戦争終結前にジャンヌを始末しなくてはならない、無論王の仕業とわからない形で。そうなれば人々は英雄の夭逝という悲劇ばかりを持ち上げ、彼女の指揮した作戦などといった些末な問題は忘れてしまうだろう。  イエス・キリストは死に、復活することで救世主として完成した。そなたもまた死に、そして朕の手で偶像として蘇ることで救世主と成るのだ。シャルル7世は声に出さずにジャンヌへ語り掛ける。  少女は相変わらずケーキを頬張っていた。 ・ ・ ・ 1430年 オルレアン奪還の翌年。ジャンヌ・ダルク、イングランドの捕虜となる。 1431年 ジャンヌ、異端として火刑に処される。歴史の表舞台に出て2年足らず、本人の弁によれば「19歳くらい」の短すぎる生涯であった。 1453年 百年戦争終結 1456年 シャルル7世の手でジャンヌ・ダルク復権裁判が行われ、名誉回復が図られる。  ~ 18世紀 ナポレオンの演説によりフランス救国の乙女として注目を集める。この演説で国民の支持を集めたナポレオンは後に皇帝にまで登り詰めることとなる。
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