鏡面の月、硝子の星

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 冬の街を撮るのが好きだ。  クリスマスが近づき、東京の並木道はどこもかしこも眩い光を纏うようになる。普段喧噪の中で見逃してしまう風景も、祝祭の化粧に身を包めば、それは絵にも表せぬほどの美しさを見せる都会の星空になる。そして、年に一度のその光景を目に焼き付けようと、連日のように訪れ、道を埋め尽くさんとする人々。  「ねぇ、早く早く!」  見慣れたような風物詩も、目の前でまるで子供のように大はしゃぎする高田さんと共に見れば、それは彼女を着飾る宝石の星々だ。  「待ってよ高田さん。そんなに急ぐとはぐれちゃうよ」  私はカメラを構え、見失わないように彼女の姿を一生懸命にとらえようとする。足取りとても軽やかで、ついていくのも一苦労だが、それでも私は1秒でも長く彼女をレンズに収めたかった  「モミジ、見て見て!」  人込みを抜けた先、ビル街の広場の真ん中、そこには星の衣に身を包んだ空ほどに高いモミの木があった。このサイズのツリーも、東京ではそれほど珍しくない。けれどそれを見る高田さんの瞳は、その木を包むどんな星の光よりも煌いて見えた。  「すっごいきれい・・・こんなに大きい樹、初めて見た…」  「いつもこれの倍高いビル見てるのに?」  「ビルはこんなにきれいじゃないよ」  意地悪な皮肉に高田さんは少し拗ねて頬を膨らます。とても不思議な感触だ。目の前に映る高田さんは大学生の私と同じぐらいの背丈なのに、子供みたいに純粋で、私の魅せるいろんなものに感動してくれる。彼女にとって、この世界に見える全ては新鮮で、そしてとても美しいものなのだ。そしてその感情は、かつて私も持っていたはずのものだった。  「一番きれいに撮ってよ!ちゃんとツリーと一緒に」  「わかってるよ。そのためにこのカメラ買ったんだから」  私は彼女をツリーと共に一眼のレンズに収める。  「はい、チーズ!」  シャッターを切るときは、一瞬、世界が静かになる感覚がある。撮る私と、撮られる高田さん、ただ二人だけの空間がそこにはある。私は確かにその時、高田さんとつながっている。今はただ、その事実だけが私を安心させてくれる。星のツリーの下、体を広げ満面の笑みで映る彼女。私は画面から注目を外し、目の前の彼女に話しかける。  「撮れたよ、高田さ…」  そう、話しかけるべき彼女は、目の前にいるはずの彼女は、私の眼下には存在していなかった。そうだ、いつもそうだ。確かにあったはずの一本の糸を、偽りだと世界はいつも私に突きつける。心臓が痛くなる。息が苦しくなる。  「もみじ、どうしたの?顔色悪いよ」  はっと声がし、私は再びレンズを前に向け、高田さんの姿を探す。画面越しに、彼女が目の前柄で心配そうな顔をして寄り添っていた。  「いや、何でもないよ。それより、他の場所も見に行こうよ」  「うん!」  広場を抜け、私たちは再び喧噪の星路に戻っていく。  そうだ、確かに彼女が虚像であっても、彼女との道行きが正しくなくとも、それでも今は、今だけは、この思いが確かなものだと信じたかった。      私が恋した女の子は、レンズ越しにしか見ることができない幽霊だった。
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