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道中のお話
「ふん、ふ~ん♪ふ~んふふ~んふ~ん♪」
コンクリートでできた坂道を、リズは歌いながら歩く。視界の両側には、緑色の稲が風に揺れていた。あと何ヶ月かしたら、見事な黄金色になるのだろう。
「……楽しそう、ですね。」
そう溢したのは、リズの前を歩いていた一ノ瀬だった。
「あんな形相で来たから、もっと深刻なことだと思ったんですけど。」
今のリズは、寧ろこの状況を楽しんでいるようにすら見えるのだ。
リズは歌うのをやめ、確かに。といった仕草をする。
「教授だっていう確証はないけどさ。大抵、あの教授が巻き込まれる事件は面白いから。」
リズはそう言って思わず笑う。
一ノ瀬は、やっぱりこの人は変わっていないな。と呆れながらも自然に顔が綻んでいた。
昔からそうだ。どうもこの人は事件だとか、異変だとかいう言葉に弱いのだ。
「俺はてっきり、その教授が心配だからだと思っていたんですけど……」
「そりゃあ、まぁ10分の1くらいは心配してるけどさ。」
「10分の1なんですか。」
残りの9割は興味というわけだ。…というかもうその行方不明の教授はもう、リズの中ではもう、あの変人教授で確定しているらしい。
あの時、はい、と答えた一ノ瀬だったが、一ノ瀬が知っているのはせいぜい、行方不明になった場所くらいだ。それも大雑把な範囲だけなので、それだけを頼りには探せまい。
噂からならいきなり消えたとかいう情報も得ているのだが、噂は噂だ。鵜呑みにしてはいけない。そもそも一ノ瀬は、あまりそういうのを信用しない性質だ。
「なんか俺、いつかリズさんがネット上とかで炎上しないかどうか心配ですよ。リズさんはなんかこう…事件がお好き、みたいですから……。」
「ああ、それについては心配いらないよ。」
一ノ瀬が不安そうに言ったその言葉を、迷いの無い言葉でリズは真っ二つにする。
それは、恐ろしく鋭い言葉だった。
「面白い事件と、面白くない…許せない事件の区別は、ちゃんとついているから。」
一ノ瀬はその言葉に対して一瞬、目を見張ったが、同時にすごく納得した。
そうだ、そういう人だった。
彼女の言う『面白い事件』の大抵は、世間的には事件とされないものばかりだ。いや、事件というか異変?ではあるのだが、こういう土地柄ならともかく普通の人は否定するだろう。そんなものはある訳がないと。非現実的だと。そう言うのだろう。
そろそろだ。
「着きました。」
一ノ瀬が、二階建ての家の前で立ち止まって、そう言った。
それに習って、リズも其処で立ち止まる。
其処は、リズの祖母の家とは打って変わって、普通の住宅街にあるような外観だった。
壁には橙色の漆喰が塗ってあり、骨組みは焦げ茶色。屋根の色も茶色だった。
塀には所々にツタが絡まっているが、おそらく本物ではないのだろう。
「ここが俺の、叔母の家です。」
叔母が何か知っているといいんですけど、と一ノ瀬は呟いた。
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