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時間がきたら、母に会うことに決めた
首のないやつが母である
体つきは生きていた時の母と違うが死んだからだろう
首から上は母の顔のはずで
片目が潰れた顔を幻で見る
わたしは幻視ができることにこの歳になって気づいた そうだったんだなあ
唇も頬も茶色のそばかすに覆われてくすんでいた
疲れた中年の女の皮膚だった
左目からとめどなく涙が溢れているのでまるで顔は真っ黒に沈んで見えた
潰れた右目は上と下の瞼を糸で留めてあるのだ
わたしの母はこんな顔だったと
ぼんやり見ている
右目の縫い目から黄色い陽光が漏れ出ているのが見える
太陽が後ろに隠れていた
お母さん、と呼びかけたいが首のないやつに聞こえるのはなんとなく恥ずかしい
恥ずかしさは乗り越えられない
太陽は幻視の顔の向こうで昇ったり沈んだりするので
幻視の顔の向こうの地球で地平線を水平線を山から草原から海から遠くから
昇ったり沈んだりするので瞼の縫い目から漏れ出た陽光がちらちらと揺らめくのである
涙でぐっしょりと濡れた母の左の頬を照らして反射して光がわたしの目に届く
そのことをわたしが見ながら
この地球でわたしの人生で
今日一日が過ぎてしまっていく
首のないやつはずっと立っているのでわたしはたまに見ながら
今日一日を歩いたり座ったりする
それが母のことである
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