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承
「未汝、りなはクーリングオフ対象じゃない上に、もう解約期間過ぎているんだが」
父親であり、竜華燕国国王の鈴香牧が、コーヒーをすすりながら、書類片手に応える。
養い子の宮木りなを、未汝のボディガード兼教育係に任命したのは、今年の4月だ。
現在8月。解約期間など、あったとしてもとうに過ぎている。
そんなことを直談判しに来た未汝は、図書室から抜け出してきたらしい。学習室ではなかったのは、今片付けている夏休みの宿題、読書感想文をこなす為だった。
牧が、りなを少し借りると、図書室から一番近い資料室へと連れて行ったのは、ほんの10分前だ。
その時には大人しく原稿用紙に向かっていたのだが、どうやら書くことがなくて困っているらしい。
「文字を覚えたての子供みたいなこと言い始めましたね。くだらないことを仰ってないで、さっさと宿題片付けて下さい。受験対策の勉強時間が減ってしまいます」
りなが、両手に抱えきれるだけ抱えた分厚いファイルを持って来て、牧の前に積んでいく。
「りな、これ、全部この件の資料か?」
牧の顔が、微妙に引き攣った。
「はい。5分の1くらいでしょうか。まだまだありますが、全てお持ちしましょうか?」
今日全部は見きれないだろうと思って、今すぐ確認したい分のみ持ってきた資料が、今、牧の前に積まれている分だ。
5分の1、と、牧が意味もなく呟く。
「農業分野は、どうしても重労働から人手不足になりやすいので、海外からの出稼ぎ労働者を入れて補充しなくては立ち行かない、というのはまぁ分かる話ではあるんですが、法整備をしないといけなかったり、場合によっては補助金を出さないとならない所もあるでしょうし」
牧が、腕を組んでう~むと悩む。
未汝は未汝で、何か、テレビで聞いたことのあるような問題だなと、二人のやりとりを聞いていた。
「ちなみにりな、その法整備、どこまでの範囲を考えている?」
牧が問うと、りながそうですね、とファイルを開きながら答える。
「在留資格と永住権あたりは踏み込まないと駄目だと思いますよ。あとは、固定資産絡みでしょうか」
牧が懸念している部分、ズバリを言い当ててきた。だよなぁと背もたれに背を預けて上向く。
「いわゆる就労ビザは、更新をし続ければこの国に留まることは可能になっているが、そうなってくると、国民と同等の権利を保障しろと言い始めるんだよな」
「そうでしょうね。だって、国民と同じように働いて納税して下さっているのだから、当然の主張のようにも思えますが・・・・・・。国民性が違うことで、衝突も各地で起きているようですし、中には悪いことをする人もいるわけで・・・・・・」
りなが、はあぁと溜息を吐く。どうやら、頭を悩ませる問題が結構耳に入っているらしい。
「固定資産関係で言えば、この国では一度購入した土地は、相続という形でその血族が持ち続けることが可能です。昨今では、水源近くの山を海外の方が買いあさり、水を堰止めてダムを干上がらせておいて、水を流してやるから金払えと商売を始めるなんて問題も起きています。中には、自分の国の人間でないとこの土地に足を踏み入れることは許さないと、事実上の国土占拠までし始めていますから、頭の痛い問題です」
「でも、税金は入って来てるんだろ?」
「中には払わない人もいるので、そこは押さえて土地を取り上げる等々の方法を取ることも出来るんですが、払っていてそれだと、手の打ちようがないんですよね」
法律は、いつも後手後手に回る。問題が起きてから法整備することが多いからだ。
「土地の取得権についても、条件をつけて更新制にするか。事実上の国土占拠、公共事業への迷惑行為等があった場合は、公的権力が介入して取り上げることも可能にできるように」
「そうですね、治外法権のような場所にされても困りますから、公的権力が介入できて、取り上げることを可能にしておかないと、危ないとは思いますよ。気が付いたら海外の方が土地を取得しまくって、地図上では竜華燕国があっても、中身はこの国じゃなくなってる可能性だってなくはないですから」
ぞっとする話だ。牧が、頭が痛いなとばかりにこめかみを揉む。
「国内の出生率を上げさせるべきか。補助金投入して」
「長期計画的には必要でしょうけど、今、人が足らないんでしょう?赤ん坊にどうやって就労させるんです?」
「じゃあ、飛び級制度をもっと活用しろと文科省にハッパをかけるか?」
「活用できる人材がどれだけ眠っているかは分かりませんが、現場の先生方と子供達の胃がキリキリしそうですけど」
「・・・・・・・お前の口から、そんな言葉が出るとは思わなかったんだが」
牧が、問題集大好きな養い子に目を向けて、一応普通の人の感覚は知っているのかと言わんばかりに目を向けた。時間があれば図書室か書庫で問題集を物色、プライベートで彼を見かければ、必ずその手には問題集を抱えている。
奇人変人と天才は紙一重とよく言うが、りなを見ているとちょっと納得してしまいそうになる牧だ。
「年明けの一斉テストの結果を見ていると、知りたくなくても現実を突きつけられてしまうんですよ」
一斉テストとは、宮廷内学力技能調査テストのことだ。
共通テストとしては、一般常識問題から、仕事に関わるだろう最低限知っていなくてはならない法律関連のペーパーテストが実施される。
各種技能テストでは、政務官には更なる法律問題がテストされ、兵士達には警備警護関連で必要な技能のテストが実施される。その他の職種(王族、政務官や女官含む事務、技術系職種)については、もしも王宮内に侵入者があった場合の危機管理対策として、簡単な最低限出来た方が良い護身術のテストが実施されていた。
ちなみにこのテスト、昇級試験の一部であったりもする。
「やることがいっぱいだなぁ。何でこう法律作っては公布するを繰り返しているのに、問題が減らないんだか」
「抜け道を模索する人と、新たなビジネスを思いつく人がいるからですよ」
はい、と、りながファイルからこの件に関連すると思われる資料のページを開き、牧に向けて置いた。
未汝はと言えば、いつの間にやら図書室から原稿用紙と筆記用具を取ってきて、机の端に座ると、新しい原稿用紙に何やらカリカリと書き始めている。
「短期的に見るなら、やっぱり新たな労働力の確保が優先か?機械導入とか」
「そうですね。補助金を出すから機械買って少し手を抜ける所は抜いて下さい、が一番楽な方法ですが・・・・・・」
問題はその資金である。国庫は潤沢ではなく、カツカツどころか赤字すれすれなのだ。
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