承(6)“ひみつきち”

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承(6)“ひみつきち”

 下へ下へと続くトンネルに、マンモスは違和感を感じた。  人の手によって加工されてはいるが、人が掘ったにしては無駄に長い。かといって自然が生み出した天然の穴とも思えない。 「あの…ザックさん。この穴は、一体何なんです?」 「坊やは"掃除屋"と呼ばれる魔獣を知ってるか?」 「いえ…。知らないです。町育ちなもんで、城壁の外のことは余り……」 「ふうん、そうかい。じゃあ、"帝国"の東に広がる大森林なら知ってるか?」 「たしか"深キ深キ森"でしたっけ。魑魅魍魎で溢れかえってるって聞いてます」 「獣道をふさぐ倒木を取り除いたり、行き倒れた屍体を餌に持ち帰ったりと、あの大森林を綺麗に片付ける事から、そんなあだ名が付けられたらしい」 「なんだか、死んだかーちゃんみたいな魔獣ですね」 「ははは。かーちゃんか。そりゃいい。正体はかーちゃんとは程遠いけどな」 「どんなヤツなんです?」 「それがな、犬ほどもある馬鹿でかいアリなのよ」 「ええええっ!? でかいアリですかっ!」 「その馬鹿でかいアリがな、時々大森林から飛び出して、人間様の世界に巣を作ろうとするのさ。いわゆる"ハグレモノ"だな」 「ハグレモノ……」 「奴らが繁殖を始めたら一大事だ。動物はみんな餌にされちまう。もし近くに村があったら、家畜はもちろん人間だって餌食さ。実際、"掃除屋"に滅ぼされた村はいくつもあるんだぜ」 「メッチャヤバイじゃないですか!!」 「ああ、メッチャヤバイ。だから"ハグレモノ"は見つけ次第皆殺しにしなきゃいけねぇのさ」 「………あっ! もしかしてこのトンネルって、その馬鹿でかいアリの巣だったりします!?」 「御名答♪ 偶然にも繁殖しているところを見つけてな、大事になる前にオレ達だけで駆除して、奴らの巣を丸ごといただいたってわけよ。だから世間様は、ここに"ハグレモノ"がいたことも、オレ達の"ひみつきち"があることも、何もしらねぇのさ」 「ということは、ザックさん達は人知れず人助けをしてたんですか」 「人助け? そうなるのかねぇ? それはそうとこの"掃除屋"、食うと美味いんだぜ♪」 「ええええええっ!! でかいアリ食べちゃうんですかっ!!」 「駆除したおかげで肉は山のようにあったからな。試しに焼いてみたら良い匂いでな。食ってみたら絶品よ♪」 「………そ、そういえば、聞いたことがあります。"野薔薇ノ王国"の郷土料理にアリ料理があるってっ!」 「おいおいおい! マジかよ!」 「聞き間違いでなければ……ですけど」 「まいったねこりゃ。美人だけでなく、美味い料理まであるのかい。"野薔薇ノ王国"に行く理由が増えちまったよ」  やがて道の左に木造のドアが見えてくる。ドアの隙間からは明かりが漏れていた。  ザックはドアをノックしてから声をかける。 「ジェイクの兄貴、いるのかい? ドアを開けるぜ?」  用心しながらドアを開けるが、人の気配は感じない。二人は用心しながら楕円形の小さな部屋に入る。天井にはランタンが吊され、部屋を照らしていた。中央には机が置かれ、椅子が4つ置かれている。部屋の端には木箱がいくつか置かれており、食器や積み木や木作りのオモチャが入っていた。トラップの類は無いようだ。 「この部屋はなんなんですか?」 「強いて言うなら会議室…かね? 遊び部屋だったり、食堂だったり、色んな事に使ってたよ。さて……ここにいないとなると、更に底へ向かったって事になるが……。坊やはここで待ってな」 「いや、ですが…」 「ここから先は狭いだけじゃねぇ。侵入者用の即死トラップがいくつもある。無駄死にされちゃ迷惑なんだよ」 「そ、それでしたら、せめてこれだけでも持っていってください」  そう言ってマンモスは懐からアンプルを取り出す。それは裏社会で流通している超回復薬"ソーマ"の粗悪な模造品だが、回復効果はそれなりにあった。  ザックはありがたく一本受け取ると、ポケットにしまう。 「ザックさん、ご武運を」 「あいよ」  不安げに見つめるマンモスを残し、ザックは更なる底へ、奈落へと歩みを勧めるのだった。
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