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転(1)記憶が目覚める
下へ、下へ。底へ、底へ。
トンネルを下るザックに照明はない。照明なんていらない。勝手知ったる我が"ひみつきち"だ。目をつぶってたって降りていける。
途中、違和感を感じてライターで灯してみると、足下に即席のワイヤートラップが設置されていた。素人でも気付くくらいにあからさまだが、本命はその先にある落とし穴だ。
ワイヤーに気を取られ、またぐなり跳び越えるなりして、その先の床に体重をかければ、たちまち奈落の底へと真っ逆さま。対侵入者用の捕獲トラップだが、上から操作しないと出口が開かない。おまけに操作方法を知るのはザックとジェイクだけなので、実質的にデストラップと化している。
今さらザックがこんな罠にかかるわけがない。それくらいジェイクだって承知のはずだ。ということは第三者……つまり、キュベリチームの侵入を想定してのダブルトラップだろうか?
秘密の足掛かりを使って落とし穴を跳び越え、更に下ると、トンネルの右側に光の漏れるドアが見えてくる。二つ目の部屋だ。ここはザックとジェイクが寝室として利用していた。
「兄貴? いるのか兄貴? ドアを開けるぜ?」
ザックは用心しながら、そっとドアを開ける。最初の会議室と同じだった。天井に吊されたランタンが部屋を照らすが、誰もいない。
懐かしい部屋に、ザックは思わず顔をほころばせる。捨てられていた木箱を活かして作った棚やベッド。大人には小さすぎるベッドを使っていたのは、少年時代のジェイク。隣にある、更に小さなベッドを使っていたのが当時8才のザックだった。
しかし、懐かしんでいる場合ではない。ザックは更に下へと向かう。
三つ目のドアが見えてきた。ここも光が漏れている。ザックは用心しながらドアを開けるが、やはり誰もいない。どうやらジェイクは片っ端から部屋の明かりを付けているようだ。目的はなんだ? 時間稼ぎか? だとしてどうなる? 時間を稼いでどうなるんだ?
ザックはジェイクの頭の良さを間近で見て知っている。兄貴は無駄な行動なんてしなかった。つまり、何らかの意味があるのだ。
「ダメだなこりゃ。オレの無い頭じゃ、兄貴が何を考えてるかなんて、皆目検討もつかんぜ」
ボヤきながら部屋を出ようとドアに手をかけて、ふと……ザックの足が止まる。
振り返って部屋を見る。部屋の中央まで戻り、部屋中を見回す。
木箱を活かして作った棚やベッド…。二つ目の部屋と大して変わらない。強いて挙げるなら、部屋がやや大きいことと、ベッドが4つあるくらいだろうか。
「こりゃ一体、どういうことだい」
ザックは木箱を並べて作ったベッドを調べる。古びてはいるが使い込まれていた。
棚には何もなかったが、ベッドの側に置かれた私物入れの木箱を探ると、色々なものが出てくる。子供サイズの肌着。ボロボロの絵本。ビー玉が沢山入った小袋。錆び付いたドアノブ。それに腕の千切れたクマのぬいぐるみ。
間違いなかった。ここには子供が住んでいた痕跡がある。しかし……しかし……おかしい……
ここはザックとジェイクの、二人だけの"ひみつきち"だ。他には誰もいなかった。
もしかして二人が留守にしている間に、近所の悪ガキにでも入り込まれたのだろうか?
呪文を知らなければ開かない、あの入り口から? ……あり得ない。
それにこのぬいぐるみ……どこかで見たような………?
「いや、待て……待ってくれ……」
このドアノブ、ピカピカに磨かれていなかったか?
このビー玉、自慢げに見せられなかったか?
この絵本、読み聞かせてもらわなかったか?
アハハッ♪
ウフフッ♪
ヘヘヘッ♪
突然、子供達の笑い声が聞こえた。そんな気がした。
辺りを見回すが、やはり誰もいない。気がつけば、ザックの瞳からは涙が溢れ出ていた。
もしや、これがジェイクの狙い? 部屋を調べさせ、記憶を取り戻させようとしている?
「なあ兄貴、兄貴よぉ、一体オレは何を忘れたんだ? あんたはオレに、何を思い出させたいんだ?
なあ…。なぁ……。答えてくれ! 兄貴よぉ!」
ザックの声がトンネルに響く。
しかし最深部にいるジェイクは、黙して語らない。ザックが辿り着くのを、ただ待つのみであった。
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