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転(2)仲間の痕跡
おかしい。覚えが有るのに思い出せない。覚えが無いのに懐かしい。まるで2つの記憶がせめぎ合い、混ざり合っているようだ。
幼いザックは若きジェイクと2人で、雑木林で繁殖していた巨大アリを撃退し、残った巣を改造して"ひみつきち"にした。
そのはずだ。そのはずなのだ。少なくともザックは数十年間、そう信じて疑わなかった。
だが、目の前の現実はザックの幼い記憶を全力で否定する。
幼いザックは大して役に立たない。となると、アリの巣の改造は実質、若きジェイクが1人でやったことになる。これだけの設備をたった独りで?
だったら、もう一つの記憶の方がまだ説得力がある。2人以外にも仲間がいる、もう一つの記憶の方が……
だが、ザックが思い出そうとすればするほど、もう一つの記憶は深い霧が覆い隠してゆく。辿り着くには道しるべが必要だ。
道しるべ……。
ぬいぐるみ。ドアノブ。ビー玉。絵本。
きっとこれが道しるべ。だとしたら……まだあるはずだ。
ザックは部屋を飛び出すと、次の部屋へ向かってトンネルを下ってゆく。もはやトラップが仕掛けられた可能性など考えもしない。
次の部屋もやはりドアから明かりが漏れていた。つまり、ここにも手掛かりがあると言うこと。
ザックは部屋に飛び込むと、それぞれの私物入れを探る。
最初に出てきたのはコレクション用のコインアルバムだった。しかし中にはコインの代わりに牛乳瓶のフタが綺麗に収納されていた。
次に出てきたのはトランプの入ったカードファイル。中には様々なデザインのジョーカーのカードのみが百枚以上収納されていた。
その次に出てきたのは膨らんだズタ袋。中にはゴム製で親指サイズの小さな人形がたっぷり入っていた。
そして最後に出てきたのは、スケッチブックと使い潰したクレヨンを入れた小袋だった。
ザックは恐る恐るスケッチブックを開く。
クレヨンで描かれた拙い絵には、恐らくは持ち主の家族が、明るい色彩で描かれていた。幸せそうだった。
しかしめくっていくと、突然、葬式の絵が現れる。きっと持ち主の家族が死んだのだ。
それから何枚かは真っ黒に塗りつぶされた絵が続くが、その後突然、人物画が現れる。
そのほとんどは線画で、ほぼ単色で描かれているが、黒以外のクレヨンで描かれていた。きっと黒は使い切ってしまったからだろう。
描かれているのは、ズボンを履いていることから、恐らくは少年だろう。それぞれは別人のようだ。
8人の少年の絵が続いた後、突然華やかな絵が現れる。描かれた人物はスカートを履いていた。明らかに女の子だった。
「ウェンディ……お母さん……」
突然の声にザックは驚き、辺りを見回す。しかし誰もいない。
やがてザックは気付いた。自分の口が発したのだと……。
改めて絵を見る。服装からして成人女性には見えない。間違いなく女の子だった。
ウェンディお母さんとは誰だ? この子がそうなのか?
絵はそこで終わっていた。そこから後は全部白紙。だが、スケッチブックの内側に、破り取られて残った紙を見つかる。どうやら、三枚の絵が破り取られているようだ。
そこで突然、ザックの脳裏に記憶がフラッシュバックする。
「今のは……今の記憶は……」
ザックはネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外すと、首にかけていた小さな袋を取り出す。
誰からもらったか思い出せないが、ザックはそれを"お守り"として、幼少の頃から肌身離さず首にかけていた。
ザックには、「御利益が無くなるから"お守り"は決して開けるな」と厳命されてた記憶がある。
そして、それを言ったのはジェイクだった。
「つまり……ここで開けろって事か。だよな? 兄貴よ?」
小袋の中には小さく畳まれた紙が入っていた。ザックはそれを破れないよう慎重に広げて行く。
そして現れたのは………
ザックは一瞬、鏡を見ているのかと思った。もちろん、そんな事はあり得ない。
現れたのはクレヨンで描かれた拙い線画。描かれているのは、幼かった頃のザックだった。
ザックは広げた絵を、スケッチブックの破られたページに重ねてみる。
破れ目がピッタリ一致した。
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