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転(4)ジェイク
トンネルの最下まで降ると、突き当たりに観音開きの扉が現れる。
扉の先に広がるのは、かつて女王アリの住まいだった大広間だ。
しかし最後の扉を前にして、ザックは躊躇していた。扉を開けようとすると手が震えるのだ。
「参ったねこりゃ。アル中になった覚えなんて無いんだが……」
ザックは怖じ気づいていた。
ダンジョンの最終決戦場を彷彿とさせるが、待ち受けるラスボスは、女王アリでも古のドラゴンでもない。
ファミリーのナンバー2だ。ザックの尊敬する兄貴分で、とても恐ろしい男だ。
だが、ザックが真に恐れるのはジェイクではなかった。ジェイクと共に待ち受ける、得体の知れない"何か"だ。
中に入れば、きっともう戻れない。ザックの大切な"何か"が壊れてしまう。
「得体の知れない"何か"と、大切な"何か"か……。訳が分からんぜ」
だからと言って、このままモヤモヤしたままではいられないし、そもそもザックに選択肢は無い。
ジェイクを説得し、"商品"を取り戻さなければ、ファミリーが終わる。大切な仲間や居場所が無くなる。進むしかないのだ。
意を決したザックは、ゆっくりと扉を開けた。
大広間は地下とは思えぬほど広かった。ちゃんと舗装すれば舞踏会だって開けそうだ。
ここの天井にはランタンは吊されていない。無造作に生えた水晶の結晶体がボンヤリと輝き、照明の役割を果たしていた。
大広間の奧を見れば、人影が確認出来る。口ひげを蓄えた白髪の紳士。間違いない。ジェイクだった。
ジェイクは眺めていた懐中時計を懐にしまいながらザックに話しかける。
「想定していた時間よりも、30分遅かったな」
「そりゃすまねぇ。遅刻しちまったか?」
「かまわないよ。許容範囲内だ」
「食堂で手提げカバンを見つけたからよ。引き返して"お宝"を全部回収してきたのさ」
そう言いながら、ザックは左手に持ったカバンを見せる。
「そいつはありがたい。助かったよザック。回収の手間が省けた」
突然、ジェイクが目の前に現れたかと思うと、振り上げたナイフをザックの胸元めがけて突き下ろす。
ザックはその刹那、両腕でガードする。切っ先がザックの左腕に突き刺ささる。しかし次の瞬間、目の前のジェイクは消えていた。
今のはなんだ? 瞬間移動? 実体のある残像? 分身の術か?
「これはな、他人が見ればただのガラクタだが、私にとってはかけがえのない宝物なのさ」
声を辿ると、さっきと同じ場所にジェイクがいた。右手にはナイフを持ち、左手には手提げカバンを持っている。
気がつけばザックの左手からはカバンが消えていた。しかもナイフで切り裂かれて袖が台無しだ。腕に仕込んでいたナイフがガントレットの代わりをしてなければ、左腕を失っていたかもしれない。
「相変わらず得体が知れねぇな、兄貴の技はよ」
「なに、所詮は小手先の技さ。渾身の一撃だったのだが、こうも簡単にあしらわれるとは……。流石だよザック」
「へへっ、嬉しいね。兄貴に褒められるなんて何年ぶりかね」
「さて、正攻法では到底無理として、不意打ちでも勝てないとなると、どうしたものかな……」
「おいおい、待ってくれよ。オレは兄貴と戦う気なんて更々ないぜ」
「なんだ? 私を殺しに来たのでは無いのか? ではザック、お前は何をしに来たのだね」
「オレは……オレは……あれ?」
オレは……何しに来たんだっけ?
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