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転(5)何をしにきた?
オレが…来た理由……それは……オレは……
アハハッ♪
ウフフッ♪
ヘヘヘッ♪
子供達の笑い声だ。気のせいじゃない。いるはずのない者の声が、ザックには確かに聞こえた。暖かくて懐かしい、身に覚えのない記憶が。思い……思い出せ……ダメだ。思い出せない。あともう少しだったのに、真っ白な霧が何もかも覆い隠してしまった。
「おい、ザック!」
ジェイクの呼びかけに気付いたザックは、一気に現実へと引き戻される。
「ザック、いきなりどうした。立ちながら眠るなんて器用すぎないか?」
「……済まねぇ兄貴。ちょっと疲れが出ちまったようだ」
「それで……なんだったか……ああ、そうだ。オレが何しに来たかだったな。驚かないでくれよ。なんと説得だ」
「殺し屋のお前が、説得だって?」
「ああ。笑ってくれていいぜ。キュベリにも呆れられたくらいだからな」
「一体全体、誰がそんな無茶をお前にさせようって言うんだ?」
「そりゃもちろん、ボスさ。呼び出されて、直接頼まれた」
「あの、タヌキ親父にか」
「実際、兄貴と差しで話せるのはオレくらいだろうし、ファミリーの危機だと言われれば、断れないだろ?」
「分かった。そう言うことなら話を聞こうじゃないか。私を説得してみろ、ザックよ」
「ありがたい。助かるぜ兄貴」
ザックはホッと胸をなで下ろす。どうすればジェイクを説得できるか皆目検討も付かないが、聞く耳を持ってくれるなら希望はある。話術も詐術も交渉術もないザックに出来ることと言えば、愚直に訴えるのみ。すなわち"当たって砕けろ!"だ。
「おおっと待った! そこでストップだザック! それ以上近づくなら話はここで終わりだ! 全力で抵抗させてもらうぞ!」
突然ジェイクに制され、ザックは困惑する。たった一歩歩み寄っただけなのだ。
「一体、どういうことだい。兄貴」
「ほう、シラを切るのか? それとも覚えてないのか?」
そう言いながらジェイクは左腕を掲げる。赤く染まった袖には刺し傷があった。
驚いたザックは右腕を見ながら「出ろ」と念じる。すると袖口から仕込みナイフがジャキンと飛び出した。刃を確かめると、先端に液体が付いている。切っ先を拭ってみれば、布巾は赤く染まっていく。
「こ…これは兄貴が悪いぜ。いきなり不意打ちなんて喰らわされりゃ、とっさに反撃だってしちまうさ」
「なるほど。つまりこの傷は自業自得か。いいだろう。そう言うことにしておく。しかしなザック。お前の射程距離の中にいては、生きた心地がしないのだよ」
「分かったよ。オレはこの扉から動かねぇ。兄貴が良いというまで近づかねぇ。これでいいか?」
「いいだろう」
ザックが「戻れ」と念じると、右腕の仕込みナイフはシャキンと袖口の中へ消えた。
両腕に収納している仕込みナイフは、ザックの意志に感応し、自在に出し入れできるようになっている。
本来なら念じてもいないのに仕込みナイフが飛び出すはずはないが、不意打ちを食らったせいで防衛本能に感応したのだろう。
きっとそうだ。そうに違いない。
そうだ。そうなのだ。絶対あり得ない。
無意識に兄貴を殺そうとしたなんて。そんな事、あってはならない。
ザックは自分自身にそう言い聞かせることで、湧き上がる不安を無理矢理押さえ込んだ。
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