転(6)二人のジャン

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転(6)二人のジャン

 大広間の入り口で、ザックは訴える。ファミリーにはジェイクもキュベリも必要だと。  大広間の奧で、ジェイクは黙って聞く。最適解を導こうと、聞きながら考える。  ザックの訴えが一区切り付いたところで、ジェイクが口を開いた。 「一ついいか?」 「ああ、なんだい兄貴」 「私が説得に応じなかったら、お前はどうするつもりなんだ?」 「そりゃもちろん、兄貴が折れてくれるまで、ひたすら説得を続けるさ。兄貴が逃げるつもりなら、どこまでも追い掛ける」 「はっはっはっはっはっ」とジェイクは愉快そうに笑う。 「なるほど、お前らしいなザック。幼い頃からお前はそうだった。『アニキアニキ』とどこまでも付いてきて、置いていけば泣きながら追い掛けてきたものだ」 「そうだっけか? もう忘れちまったよ」 「さて、どうしたものか……」そう言いながらジェイクは腕を組む。 「実はな、お前に話すべき事が山のようにあってな。何から話すべきか考えあぐねているのよ」 「そんなの、思いつくままに話せばいいんじゃねえの?」 「そうはいかない。物事には順番というものがあるのさ。……よし、決めた」  そう言うと、ジェイクはザックを睨み付け、話を切り出す。 「知っているかザック。ガングワルドにはな…」 「えええ… ここに来てそれかよ〜」  固唾を呑んで気構えていたザックは、ガックリと肩を落とす。 「いいだろ。久々なんだから。四の五の言わずに黙って聞けよ」 「ヘイヘイ。分かりましたよ」  "ガングワルドうんちく"。異世界ガングワルドにかぶれたジェイクの、ちょっとした雑学語りだ。  又聞きの又聞きで信憑性も無く、実用性も皆無。場を和ませるのが精々の、無駄話でしかない。  酒の場であれば、ザックも喜んで聞いていたのだが……  だが、ジェイクがどうしても話したいと言うのなら、ザックは聞くしかない。 「ジャンって名前があるよな」 「ああ、男の名前だよな」 「知っているかザック。ガングワルドにいるジャンにはな、スゲェヤツがいるのさ。少なくとも、私は二人のスゲェジャンを知っている」 「へぇ。それはどんなヤツなんだい?」 「一人はな、"脱獄王ジャン"だ」 「脱獄王?」 「最初はパンを盗んだだけだったんだ。ところが警備隊からは不当に重い罰を与えられ、何日も投獄された」 「パンを盗んだだけで投獄かよ。そりゃ確かにひでぇな」 「だからジャンは脱獄した。しかしすぐに捕まり、更に刑期が増えた。納得できないジャンはまた脱獄し、また捕まりを繰り返し、刑期はどんどん延びていく。お勤めが終えて娑婆に出た時には、もう40代か50代さ」 「……なんというか、報われない人生だな」 「だが、経歴を詐称し、会社を興したところ、これが大成功。なんと市長にまで上りつめるのさ」 「そりゃまた……波瀾万丈だな」 「この後も、なんやかんやあるのだが」 「なんやかんやってなんだよ」 「なんやかんやは、なんやかんやだよ」 「そ、そうか……じゃ、いいや。話を続けてくれ」 「ジャンはせっかく得た地位も名誉もかなぐり捨て、1人の女の子を助け出すと、その子を連れて逃亡生活を始めるのさ」 「そりゃまた……唐突だな」 「そしてジャンは女の子を一人前のレディに育て、嫁入りを見届けてから、彼女の元を去るのさ。どうだ、感動的だろう?」 「なんというか……人生色々なんだな。で、もう一人は?」 「もう一人はな、"殺し屋ジャン"だ」 「殺し屋……ジャン?」 「ああ。狙った獲物は必ず仕留める、凄腕の殺し屋さ」 「足が付かないよう、安アパートでコッソリと暮らしていたんだが、ある日隣に住んでいた家族が、武装集団に皆殺しにされた」 「そりゃまた、どうして?」 「預かっていたブツを横流ししていたのさ。言うなれば見せしめだな」 「なるほど……」 「"殺し屋ジャン"にとって、その家族は赤の他人なので、事件に関わらないよう静観していた。だが、事件の直前に、その家族の娘とたまたま知り合いになってな。うっかりその子を助けちまった」 「そりゃあ……やっちまったって感じだな」 「ああ。やっちまった。我が身大事なら、娘なんてとっとと始末するべきだったんだが、情が移っちまってな。名前は確か、ナタリーだったか…。殺し屋ジョンと家なき子ナタリーの、奇妙な共同生活が始まっちまったのさ」 「そりゃまた……波乱万丈な人生だな」 「その共同生活は、ジョンにとってもナタリーにとっても幸せな時間だった。だけど長くは続かなかった」 「何が……あったんだ?」 「それが、なんやかんやあってな…」 「またなんやかんやかよ! 便利だな、なんやかんや!」 「実は武装集団の正体は汚職まみれの自警団で、奴らにナタリーと、ナタリーを護る殺し屋の存在が知られちまったのさ」 「おいおい、国家組織が敵なのかよ! メチャクチャやべーな」 「ああ。ナタリーを逃がし、自警団と激戦を繰り広げるも、殺し屋ジョンは深傷を負っちまう。だけどな、死に間際に黒幕を巻き込んで、自爆して果てたのさ。自分の命と引き替えに、ナタリーを狙う奴らを皆殺しにしたのさ。どうだ、感動的だろう?」 「たしかに……壮絶だな」 「そう言うわけでな、お前もガングビトのジャンに出会う事があったら、敬意を示すんだぜ」 「よく分からんが……兄貴がそう言うなら、そうするよ」  そもそも異世界ガングワルドに行くのも困難だし、ガングビトに会う可能性すら希なのだが……  それにしてもジェイクは何を言いたかったんだ?  脱獄王ジャン…。殺し屋ジャン…。  この二人、ジェイクとザックに似ているような気はするが、何か関係があるのだろうか?  名前以外の共通点と言ったら、どちらも男で、どちらも犯罪者で、どちらも女の子を護ったくらい……  ……女の子?
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