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起(1)殺し屋への依頼は
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよボス! オレは交渉人じゃありやせんぜ?」
40代くらいの中年男は、思わずソファーから立ち上がる。殺し屋にとって、その依頼はあまりにも専門外だった。
「もちろん知ってるさ。噂によると最近は、"ザック・ザ・リッパー"なんて呼ばれてるそうじゃないか」
70代の老人は、机に置かれたグラスに酒を注ぎながら応える。
「だったら何故オレに交渉なんてやらせようって言うんです? 無茶振りもいいところだ!」
「ああ、分かってる。だがコイツは…ジェイクの野郎が絡んでるんだ。お前にしか頼めねぇんだよ」
名前を聞いた途端、中年男の顔つきが変わる。
「……ジェイクの兄貴に何かあったんですかい?」
「ああ。だが、何があったのかサッパリ分からねぇ。アイツはファミリーのナンバー2で、ワシの跡継ぎにするつもりだった。考えられるか? そんなジェイクが裏切るなんてよ……」
「もちろんですボス。兄貴が裏切るなんてあり得ねぇ。何があったのか、最初から話してくれますかい」
年老いた大男は、グラスの酒をぐいっと一気に飲み干し、高級葉巻をくわえて火を付ける。飲まずには、そして吸わずにはいられないのだろう。
しかしザックは逆だ。ジェイクのことが心配で、何も喉を通りそうにない。
大男は付き合いの悪いザックに落胆しつつも、話を始めた。
「一応確認だが、お前は"野薔薇ノ王国"を知っているな?」
「そりゃぁ……まあ……。男なら一度は誰もが憧れる、美女だらけの王国ですからね。知らないようでは男が廃りますわな」
「ならば"野薔薇ノ民"が奴隷市場では、高額で取引されているのも知っているな」
「一儲けを目論む人狩りに大人気なんですってね。おかげで国境の検問所は、検査が厳しくていつも大渋滞。一度は目の保養に行ってみたかったんですが、オレみたいなスジ者には無理でしょうね」
「この件が片付いたら、査証を造ってやってもいいぞ。偽造だが、本物以上に本物ってヤツだ。絶対にバレやしねぇ」
「ヘヘッ、そいつはありがてぇ。恩に着ますぜ、ボス」
「次に、お前は"ケモノビト"を知っているか?」
「ケモノのような耳と尻尾の付いた……獣人ってやつですか。噂には聞いてやすが、見た事はありやせんね」
「そりゃそうだろうよ。"野薔薇ノ民"から希に生まれる希少種で、この世界に一匹か二匹しかいないからな。奴隷市場に出回れば、国家予算規模の金が動くとまで言われている。ところでだ、今確認されているケモノビトが誰だか分かるか?」
「いや……サッパリ分かりやせんが……」
「"野薔薇ノ王国"のお姫様だよ。名前は確かタレイア姫だったか…」
「へ!? それってつまり……王様の耳はロバの耳的なヤツですかい!」
「さてな。このお姫様は、尻尾や耳を隠すどころか、むしろ見せびらかしているらしいが」
「はぁ~。そりゃまた……王国に行く理由が増えましたな」
「じゃあ、ここからが本番だ。心して聞いてくれ」
「……どうぞ」
「ウチのお得意先の武器商人がな、手に入れちまったんだよ」
「手に入れたって……いったい何を?」
「決まってるだろ」
年老いた大男は、葉巻の煙を大きく吸うと一気に吐き出し、こう言った。
「"ケモノビト"だよ」
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