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転(8)黒幕
「ザック……。ザックよ。お前はさっき、はめられたと言ったな。私とキュベリがはめられたと」
気がつけば、ジェイクはいつもの厳しい顔に戻っていた。正気を取り戻した……のだろうか?
「あ、ああ、そうだぜ。ファミリーを支える二人が立て続けにおかしくなってるんだ。そうとでも考えられねぇよ」
「なるほどな。私もキュベリもあの男に、まんまとしてやられたというわけだ」
そう言うと、ジェイクは静かに笑う。その笑みはどこか自虐的だった。
「思い当たるヤツがいるのか?」
「ああ、いる。私とキュベリを始末したがっているヤツなら、一人知っている。この騒動の黒幕と言って間違いないだろうな」
「くそっ!! 誰なんだそいつは!! 教えてくれ兄貴!! オレが落とし前を付けてやる!!」
「フフッ、そいつは頼もしい。だが、それがお前に出来るかな?」
「そりゃあ、どういう意味だい。オレはガキの頃からの殺し屋だぜ。気が付きゃこの道40年だ。一度だってドジを踏んだことはねぇ。難攻不落の砦に籠城する将軍だろうが、警備厳重な城に引き籠もる王族だろうが、依頼があれば殺ってやる。オレのナイフが通用するなら、神殺しだって躊躇わねぇよ」
「ザックよ。お前の腕を疑うつもりはないよ。だが、殺し屋としては致命的な欠点を抱えているよな」
「うっ……」
「お前は情に流されやすい。確かに受けた依頼は必ず実行しているが、断った依頼もかなりの数に登るよな」
「ううっ……」
「まあいいさ。それもいい。殺し屋としては間違っていても、人としては間違っちゃいない。私はな、ザック。サイコパスになり果てても、人の心を残しているお前を見て、内心ホッとしているのさ」
「そりゃ、褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだい?」
「さあ、どっちなんだろうな」
そう言うと、ジェイクは静かに笑う。その笑みは、どこか嬉しそうだった。
確かにザックが断った依頼は百を超えている。大半は女子供がターゲットだった。要は『見せしめに家族を殺せ』という類の依頼だ。
断った理由は明快で、単に面白くないのだ。だから情に流されたつもりはさらさら無いのだが……。
ちなみにザックにとっての面白い依頼とは、傲慢なヤツ、愉悦に浸っているヤツ、自分は何をしても許されると思っているようなヤツを、地獄の底へと叩き落とす。そんな依頼だ。実に殺り甲斐がある。ナイフで切り刻むとスカッとさわやかな気分に浸れる。仕事の後の酒も最高に美味い。
「それで黒幕は誰なんだい。兄貴やキュベリをはめたヤツだ。絶対に許せねぇ! 女子供だったとしても容赦はしねぇぜ」
「そこまで言うなら教えてやる。ボスだよ」
「………す、すまねぇ兄貴。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「何度でも言ってやる。黒幕はボスだ。私達が所属するファミリーのボスこそが黒幕なんだよ!」
「ま、待ってくれ兄貴! ちょっと待ってくれよ!」
ザックは驚いた。心底驚いた。あのボスが黒幕? 確かに小物臭のする小悪党のような容姿ではある。しかし、自分が引退した後のファミリーの行く末を心配するような、情の厚いボスが? 一体何故?
「納得できてないって顔だな、ザック」
「そりゃ……そうだろ……だってボスは……二人はファミリーの未来を担っているって……」
「お前にも分かるよう説明してやる。まずは状況証拠だ。
モナカちゃんをうちのファミリーで預かる際、私は別の若頭に世話を任せるつもりでいた。そこでキュベリに任せるよう口を挟んできたのがボスだった。そして後日、キュベリのチームから裏切り者が多発してるから叱りに行ってくれと、泣いて頼んできたのが、やはりボスだったのさ」
「だけど……偶然って事も……」
「確かにな。ならば動機を教えてやる。
自画自賛させてもらうが、私とキュベリがファミリーの未来を担っているのは、紛れもない事実だよ。だがな、ボスはそれが気にくわなかったのさ」
「そりゃ一体、どういうことだ?」
「ボスにはファミリーを1から作り上げた自負がある。つまりボスにとってファミリーは自分の所有物なのさ。ところが後からやって来た私やキュベリがファミリーを盛り上げ、繁栄させ、大きくしちまった。それが面白くないのさ。
つまりはこう言うことだ。『オレ様が築いたファミリーを乗っ取られるくらいなら、いっそのこと潰してしまえ』 これがボスの本音なんだよ」
「分からねぇ。分からねぇよ兄貴。ボスはファミリーを潰してどうする気なんだ? 自殺する気なのか?」
「いいや。あの野郎、伊達に長生きはしてねぇからな。自分の保身だけはちゃっかり確保してる」
「いや、でも、あの子に呪いを仕掛けて兄貴達を罠にはめたとして、あの子まで失ったらボスの身だってヤバイんじゃないのかい?」
「だろうな。だけどそうはならない。私やキュベリを殺し、モナカちゃんを取り戻せば済む話だからな。ファミリーは求心力を失って立ちゆかなくなるが、ボスの老後は安泰だ。分かったか?」
「いや、分からねぇよ! ボスはどうやって兄貴やキュベリを殺し、あの子を回収する気なんだ?」
「ザック。そんな事も分からないのか?」
「ああ、サッパリだ」
「だったら教えてやる。お前だよザック。お前が私とキュベリを殺し、モナカちゃんを回収してボスに届けるんだ」
「なっ!?」
「もう一度言うぞ。お前がやるんだよ、ザック! それがファミリーを守る唯一の手段だと自分を納得させてな!」
「なんでそうなるんだよ! 訳が分からねぇよ!」
「お前が理解できなくてもそうなるのさ。お前は言ったな。私やキュベリが呪われていると! "誠の愛"を知ることが呪いなら、確かに私達は呪われている。だが、それならなザック。お前もそうなんだよ」
「お、オレ?」
「そうだ。お前も呪われている。お前こそが呪われている。ガキの頃からずっと呪われているんだ。もっとも、お前にかけられた呪いは"洗脳"ってヤツだけどな」
「オレが……ガキの頃から呪われている? それに"洗脳"だって? そりゃ一体……何なんだ。何なんだよ兄貴!!」
「ザック。お前はガキの頃に偽者の記憶を植え付けられ、洗脳され、殺し屋として仕込まれた。何のためか分かるか?」
「い、いや…」
「お前は私が逃げ出せなくするための人質だったのさ。そしてもし私が裏切ったら、お前の手で私を殺せるよう暗殺術を仕込まれた」
「オレはっ!!! たとえ兄貴が裏切っても、オレは兄貴を殺さねぇ! 誓ったっていい!」
「お前のその言葉に偽りはないだろう。だが、お前の身体は無意識に反応しちまうのさ。この刺し傷が何よりの証拠だ」
そう言ってジェイクは、赤く染まった左腕を掲げた。
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