転(13)兄貴のためなら

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転(13)兄貴のためなら

 ジェイクは復讐のため、自ら獅子身中の虫となるべく、"オーガ"の一員となった。忠を示すため、ありとあらゆる悪事に手を染めたのだろう。 だけど年を取り、疲れ果ててしまった。復讐の炎に身を焦がすことに限界を感じてしまった。そんな時に出会ったのが、ケモノビトの少女モナカだ。彼女を救うことで、罪滅ぼしをしようと考えた………のだろうか? 少なくともザックにはそう感じられた。  今さらだとは思う。少女1人救ったところで、"オーガ"の一員として犯してきた罪が精算できるわけがない。だが、それがジェイクの望みなら……。心から尊敬する兄貴が望むことなら……。ザックはジェイクの力になりたかった。手助けをしたかった。役に立ちたかった。そして褒めてほしかった。ガキの頃から何も変わらない。  しかし現実はどうだ。"オーガ"によって殺し屋に仕立て上げられ、ジェイクを裏切り者として処刑しようとしている。ジェイクにあと数歩近づくだけで、ザックにかけられた呪いが発動してしまうのだ。 「兄貴……オレはどうすれば良いんだ?」 「過去を思い出せ。もしくは、何もかも諦めて呪いを受け入れるか…だな」 「冗談はよしてくれ!」 「冗談じゃないさ。お前が思い出さなければ、いずれそうなる」 「そもそも、何故こんな逃げ場のない"ひみつきち"に逃げ込んだのさ。オレの記憶を揺さぶるにしても、リスクが大きすぎやしないか?」 「仕方なかったのさ。何しろ私にとって一番の脅威が、呪われたままのお前だからな」 「そりゃ……どういうことだい」 「お前の、私を慕う心が利用されているんだよ」 「オレの……心?」 「覚えているか? 子供の頃のお前は、どこまでも私のあとを付いてきた。どんなに走って距離を取っても追い掛けてきた。気配を消して隠れても、痕跡を辿って見つけ出した。お前の追跡術から逃れられた事なんて一度も無かったよ。おかげで『待ってくれよ兄貴』が軽くトラウマになっちまった」 「そ、そりゃ、済まねぇ」 「私がどこに逃げようと、お前は必ず私を見つけ出す。何も知らないお前が私を射程距離に捕らえれば、無意識にナイフを突き立てて来るだろう。お前を無力化しないと逃亡生活すら成立しないのさ」 「だからオレに記憶を取り戻させるために、"ひみつきち"に篭もった……?」 「その通りだ。あの頃の思い出が詰まった場所は、他に無いからな。一か八かの大博打だったが、ここに賭けるしかなかったのさ」 「オレが近寄らなければ、兄貴は安全なんだろ? だったら……」 「残念ながらそうはならないだろうな。お前が離れたつもりでいても、無意識に私を追い掛けてくる。そう言う呪いなんだよ」 「じゃ、じゃあ……」 「残念ながら詰みだ。お前の記憶が戻らないようではな」 「いや、待て。待ってくれ兄貴」 「くっ…………」 「あ、済まねぇ。兄貴のトラウマだったか」 「いいさ。気にするな。それで何を待てと?」 「さっき兄貴は言ったよな。オレを無力化すれば良いと。だったら、方法はあるさ!」  ザックは懐からナイフを取り出すと両手で掴み、切っ先を自分に向ける。  そうさ。答えは簡単だ。オレが死ねば、死にさえすれば万事解決する。これ以上兄貴に迷惑をかけるのは耐えられない。むしろ兄貴のために死ねるなら本望だ。 「おい、ちょっと待てザック。お前、何をする気だ?」  ザックは迷わず己の心臓へと、ギラリと光る切っ先を突き立てた!  弟分の思わぬ行動に、ジェイクは驚き、呆気にとられ、そして目を伏せる。 「ああザック……。ザックよ……。お前の心意気、尊敬に値する」  そしてジェイクは深くため息を付いた。 「だけどな……。無意味なんだよ」  切っ先は、胸元の一寸先で止まっていた。ザックがどんなに力を入れても、腕の筋肉が硬直しナイフは動かない。ザックは理解した。これも呪いなのだと。
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