転(14)抗えザック!

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転(14)抗えザック!

 ザックが力を抜くと、途端に筋肉の緊張がほぐれ、腕が自由に動くようになる。任務の放棄は許されないと言うことか。  自殺を諦めたザックは、ナイフを懐にしまいながら、ふとつぶやく。 「なあ兄貴、現状維持はいつまで続けられると思う?」 「ははは♪ 現状維持か。そりゃあいい。明日の夕方まで続けられたら、ボスも道連れに出来るぞ♪」 「道連れ?」 「オークションが開かれるのは明日の夜だが、夕方までには会場にモナカちゃんを連れて行かねばならない。それが出来なきゃ、当然ボスも命で購う事になる。もっとも"オーガ"なら、見せしめでファミリーごと潰すだろうけどな」 「へぇ。そりゃ可哀想にな」  同情はするが、ザックにとって大事なのは、一にジェイク、二にジェイク。三、四が無くて、五にキュベリと言ったところだ。2人を始末しようとするボスも、2人の居場所ではなくなったファミリーの行く末も、今となってはどうでも良い。 「当然ボスは、お前がしくじる事も想定しているだろうよ」  ザックはしくじった覚えなど無いが、ボス視点では確かにそうなる。 「つまり、ボスが何か仕掛けてくるって事かい?」 「ボスだってなりふり構っていられないからな。とっておきの切り札を切ってくるだろうよ」 「切り札? とっておきの?」 「ザックは知っているか? 何世代前か忘れたが、ボスの先祖は世界を救った勇者だったんだぜ」 「ええっ!? マジで?」 「ああ。マジもマジ。大マジさ」 「それが今じゃ犯罪組織のボスかよ。世知辛いねまったく」 「今じゃすっかり落ちぶれた勇者様の子孫だが、一つだけ特別な家宝を受け継いでいるのさ」 「特別な家宝? そりゃあ一体何なんだい?」 「名前は確か……"妖魔の勾玉"だったか。なんでも、勇者が倒した妖魔王を封じ込めた勾玉で、勇者の血筋の者だけが、勾玉に封じた妖魔を使役できるらしい。つまりその勾玉が、ボスが勇者の末裔だという何よりの証拠なのさ」 「そりゃ……まいったな」  ザックは対人特化の殺し屋だ。対妖魔戦では、一般的冒険者にも劣るだろう。はたして、太刀打ちできるだろうか。 「だけど、何でそんなスゴイもんを隠してたんだ?」 「使役するにも回数制限があるのさ」 「ああ、なるほどね」  ズズズゥゥン  突然、地響きが"ひみつきち"に鳴り響いた。地震……だろうか。 「どうやら、年貢の納め時のようだな、ザック」 「年貢?」 「今のは恐らく入り口だ。誰かが無理矢理開けようとして、自爆スイッチが入ったんだろうよ」 「えっ!? ま、まさか……キュベリが先走ったか?」 「キュベリだと? お前、キュベリを連れてきたのか?」 「いや、雑木林にはキュベリのチームが先に来ていたんだよ。ボスがキュベリに監視役を付けていて、それで兄貴の居場所が分かったのさ」 「監視役……。千里眼? ああ、そうか。そう言うことか。ザックよ、どうやらボスはとっくの昔に切り札を切っているようだぜ」 「そりゃ兄貴、どういうことだい」 「恐らく私達の行動は、ボスの妖魔に監視されている。お前のしくじりも、全部筒抜けだろうぜ」 「つまり?」 「もうあまり、時間は残されていないって事だ」 「兄貴、オレはどうすれば良い?」 「今となっては、言えることは一つだけだ」 「言ってくれ兄貴。そりゃ一体何だ?」 「抗え!」 「抗え?」 「そうだザック。抗え! 納得できない運命なら受け入れるな! 命ある限り逆らい続けろ!」 「……分かったよ兄貴。抗ってみせる。だが、今はとりあえず、入り口の様子を見てくる」 「ああ。言ってこい。油断するなよ」  それが、生きたジェイクを見た最後だった。
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