転(15)思い…出した… 何もかも…

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転(15)思い…出した… 何もかも…

「ああ、クソッ! なんてこったい!」  入り口に続くトンネルが陥没しているだろうことは、ザックも予測していた。  だが、陥没の規模は完全に想定外だった。崩れ落ちた土砂は第一の部屋まで達しており、ドアの半分が埋もれていたのだ。 「おい、マンモス坊や! 生きていたら返事しろ!」  ザックはドアに駆け寄ると声を張り上げるが、中からの反応はない。  ドアは土砂が邪魔をして開かないが、長年無人で痛みが激しく、蝶つがいを壊せばぶち破れそうだ。 「ったく……殺し屋が人命救助とはな。笑えないジョークだぜ」  ドアの攻略にナイフを三本犠牲にするが、入った会議室は無事だった。しかしマンモスはどこにもいない。どうやら大人しく言いつけを守る良い子ちゃんでは無かったようだ。少し安心した。  ザックは椅子に腰掛け、しばし考える。  マンモスはキュベリとの連絡用に水晶玉を持っていた。何らかの指示を受けて動いた可能性は高い。その結果が入り口の崩壊だろうか? だが、もしマンモスが土砂に埋もれていたなら、ザックには打つ手がない。埋もれてないと信じるしかなかった。  となると賭けるべきは、"ひみつきち"の奧へ進んだ可能性か。  ザックは最下層から真っ直ぐ入り口まで戻って来たが、通路にマンモスはいなかった。あの巨体を隠せるとしたら、途中の部屋か、落とし穴の底か、もしくは脇道の食堂だろうか。  どうする?  記憶を取り戻すことが最優先だが、今は手立てが無い。  状況を確認しようにも、入り口が陥没していることしか分からない。  となると……鍵となるのはマンモスか。あいつの無事が確認出来れば、状況も分かるかもしれない。  その為に部屋をもう一度調べ直すのか。面倒臭いな……。いや、待てよ?  もしかすると記憶を取り戻す手掛かりが、まだ残っているかもしれない。だったら無駄ではないかもな。 「やれやれ、アリの巣でマンモス狩りかよ。無事でいろよ、マンモス……」  方針は決まった。ザックは会議室を出ると、再び下へと進んでゆく。  下へ、下へと…… 「ったく、手間をかけさせやがって! クソマンモスが! 死んでいたらはっ倒すからな!」  ザックは苛つきながら通路へと戻った。  部屋を探索し直すのは手間だが、苦痛ではなかった。問題は複数ある落とし穴トラップだ。声かけだけで済ませたかったが、落下した際に頭を打ち、気絶している可能性もある。となると、いちいち下まで降りて確かめないといけない。そして、全てが無駄骨だった。本来ならマンモスが無事である可能性を喜ぶべきなのかもしれないが……  結局、残されたのは食堂へと続く脇道だった。そこにいなけりゃお手上げだ。 「……ああ、そうか。クソ! 面倒くさいトラップは後回しにすりゃよかったんだよ!」  自分のマヌケぶりに呆れながら、ザックは脇道を上る。しかし……  肝心の食堂にもマンモスはいなかった。  ザックは椅子に腰掛け、しばし考える。 「こいつぁ……いよいよもって、坊やの冥福を祈るしかないか?」  いや、まだ行き違いになった可能性はある。ザックが入り口に向かっていた時には食堂にいて、ザックが落とし穴を調べているうちに、ジェイクのいる最下層に向かっていたなら……。  そう思いながら周囲を見渡し、ザックは気付いた。部屋の端にあるカーテンが閉められているのだ。そのカーテンは、ザックが開いたままにしていたはず。自然に閉まるような仕様ではなかった。  ザックはツカツカと歩み寄り、カーテンを開く。中には誰もいなかった。そもそも壁を掘って作られたその空間は、マンモスが隠れるには小さすぎる。  それでも、初めて見つけた痕跡だった。ザックはホッと胸をなでおろす。 「しかし、なんで坊やは食堂なんかに来た? 腹でも減ったか? ……いや、まてよ? あの野郎、もしかして!」  ザックはカマドに半身を突っ込むと、中からレンガ作りの煙突を覗く。実は煙突はもしもの時の脱出口である。ザックが入り口の崩落に慌てなかったのも、ここを知っていたからだ。もっとも、地上のどこに繋がっているかまでは分からないが。  煙突の中は大人が通り抜けられるほど広く、登るための取っ手も等間隔に付いていた。しかし内側には大量のススが溜まったままで、使われた形跡は無い。更にザックは非常に不味いことに気付く。マンモスの体では大きすぎて、煙突に入らないのだ。  つまり、今のままでは、マンモスだけは"ひみつきち"から出られない。となるともう、見捨てるしか……  いや! まだだ! 最悪の事態は想定すべきだが、覚悟するにはまだ早い!  ザックはネガティブな感情を頭の中から追い出すと、見逃した手掛かりを求め、食堂の探索を再開する。  その時だった。  ザックの靴が何かを蹴り、小さくて金属音のする球体のようだった。カラカラと音を立てながら転がると、部屋の隅に引っかかって止まった。拾ってみると、それは小さな鈴だった。その錆び付き具合から、長年放置されていたであろう事は想像に難くない、千切れた紐の欠片もボロボロだ。  その鈴がリン♪と鳴った。  錆び付いてカラカラとしか鳴らないはずの鈴が、ザックの掌で涼やかな音を放った。  リン♪ リン♪ リン♪ リン♪ リン♪ リン♪  耳をふさいでも音は消えない。幻聴は激しさを増し、ザックを支配していき、そして……  そしてザックは思い出した。  思い出してしまった 「ああ……ああ……なんてこった………。オレのせいだ。全部……オレのせいだ。  オレのせいで、"ロストボーイ"も、ウェンディ母さんも、みんな、みんな、みんな死んだ」  真実に打ちのめされ、立ってすらいられなくなったザックは、力無く椅子に座ると両の手で頭を抱える。  枯れ果てていたはずの涙が、ザックの瞳から溢れ出ていた。  突然、刺すような痛みが走る。右肩を見ると、ダーツが突き刺さっていた。  それはたしか…  キュベリの愛用する暗殺具で……  針先にはたっぷり毒が塗られていて………  振り返ったザックは辛うじて、食堂の入り口にキュベリの存在を確認したが……  もう……何も見えない。
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