転(18)どうすれば…

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転(18)どうすれば…

「なんて……こったい……」  やっとの思いで辿り着いた最下の大広間では、親しき二人が屍へと変わり果てていた。  二人とも離れたまま相対し、そのまま倒れている。どうやらキュベリが差しの勝負を挑み、相打ちとなったようだ。  扉の近くに横たわるキュベリには、頭が無かった。大熊をも瞬殺するジェイクの一撃を食らい、斬り飛ばされたようだ。辺りを見回すと少し離れたところに首が転がっている。その顔は、勝利を確信したかのように、ニヤリと笑っていた。 「慢心しやがって……この、馬鹿野郎が……」  あり得ない。慎重で用心深いはずのキュベリが、何故ここまで慢心し、無茶な行動を取ったのか?  いや……オレのせい……か?  ザックには心当たりがあった。  恐らくはキュベリもここに来るまでに見たであろう、首を切断された大熊の屍体。ジェイクの芸術的なナイフ術によって生まれた恐怖のオプジェだ。これを見ればジェイクが今なお凄腕のリッパーであると分かるはずだった。だが……  キュベリとの定時連絡の際、ザックはほんの気まぐれで、マンモスをかばってしまったのだ。 「悪りぃキュベリ、オレのせいだ。ちょうど大熊と出くわしてな。倒すのに手こずっちまって、連絡どころじゃなかったんだ」  あの報告を聞けば、大熊を倒したのはザックだと、誰もが思っただろう。  キュベリが「怖いのはザックだけ。ナンバー2など恐るるに足らず」と考えたとしても不思議はない。  そして食堂での不意打ちだ。  ザックは直前に記憶を取り戻し、呪いが解けていた。その為に不覚にもキュベリのダーツを腕に喰らってしまった。  キュベリにしてみれば、最も恐ろしい殺し屋を、自らの手で始末できたのだ。慢心しないはずがない。 「キュベリ……この、馬鹿野郎が……」  ザックは外れ落ちていた眼鏡を拾い、キュベリの生首にかけてやる。それが今のザックに出来る、せめてもの情けだった。  大広間の奧で横たわるジェイクは、左目にキュベリのダーツが突き刺さり、虚を突かれたような顔で絶命していた。ダーツに塗られた毒は恐らく、ザックが喰らったものとは違うのだろう。肌が紫に変色していた。 「兄貴……ジェイクのアニキ……。思い出したよ。やっと思い出したんだよ。なのに……なんで死んじまうんだよ。なんでオレを……オイラを……独りぼっちにしちまうんだ。ひでぇよ…ひでぇよアニキ」  気がつけば、ザックの瞳から涙が溢れ出していた。枯れ果てていたはずの涙は、拭っても拭っても止まらない。気がつけばザックは泣いていた。子供のようにその場に座り込み、むせび泣いていた。 「なあ…アニキ……。オレはどうすればいい?」  ザックはジェイクの横に座り、話しかける。もちろん返事など返ってこない。  ウェンディ母さんはあの時、「お願い。生きて」と訴えながら、ナイフを己の胸に突き立てた。  ジェイクは別れ際、ザックに「抗え」と言い、それが最後の言葉となった。  そして、かつての"ロストボーイ"の生き残りはザックただ1人。もう誰も頼れない。  自分で考え、行動しなくてはならない。  記憶が戻った以上"オーガ"は敵だ。みんなの仇だ。復讐はしたい。だが、ザックはただの殺し屋だ。巨大闇組織にどう抗う? 想像も付かない。  ファミリーは唯一の居場所だったが、"オーガ"の下部組織と判明した。真実を知った以上、元には戻れない。  何もかも忘れ、何もかも捨てて逃げ出せば、恐らく生き残れるだろう。だが、守るべきものが何も無いザックに、心を殺してまで生きる意味は無い。  ザックはふと、大広間の奧の壁を見つめる。そこには秘密の部屋へと続く隠し扉があった。  ザックの予想が間違いなければ、そこにケモノビトの娘が匿われているはずだ。 「あの子を……どうする? どうすりゃいいんだよ、兄貴」  ジェイクの話によると、あの子を"オーガ"から奪うだけでも、十分に復讐が果たせると言う。  だからジェイクは、あの子を連れて逃亡した。"脱獄王ジャン"になろうとした。だが、ザックにその道は選べない。  選べるとするなら、ナタリーという名の娘を助けた"殺し屋ジャン"の道だ。  ジェイクの話によると、"殺し屋ジャン"は自分の命と引き替えに、敵を皆殺しにしてナタリーを守ったという。  皆殺しか。そりゃあいい。誰が構成員かも分からない"オーガ"を皆殺しか…。出来るわけがない!  ならばジェイクのように、ケモノビトを連れて逃げるか? 一体どこへ? 何処ならオーガの追撃から逃れられる? ジェイクはあの子を何処へ逃がすつもりだったんだ? 分からない…。  殺し屋として出来る復讐とはなんだ? 人を殺す以外に無い。じゃあ、誰を殺せばいい?  ああ……そうか……  あの子を殺せばいいんだ……  あの子は"オーガ"に捕まればディナーにされる。そしてあの子を連れて逃げるのは不可能。  となれば、あの子を殺し、ディナーにされないよう焼いてしまえばいい。  それがザックに出来る唯一の"オーガ"への復讐方法であり、あの子を救済する方法でもあった。  もしザックの得物がナイフだけなら、躊躇しただろう。呪いの解けたザックは、もはやサイコパスではない。幼い子供を切り刻むなんて真似は絶対に出来ない。  だがしかし、ザックの懐にはキュベリのダーツがあった。ザックの腕に刺さっていたダーツだ。  針先には、子供を殺すには十分な量の毒が残っている。これなら、あの子が痛い思いをするのは最初だけだ。  心地良く眠り、安らかに死んでいける。  ザックは考えた。何度も何度も考えた。しかし、他の方法が思いつかない。これがザックの限界だった。  意を決したザックは、ダーツを懐から取り出すと、いつでも刺せるよう握りしめて拳に隠した。  済まねぇ兄貴…… 済まねぇケモノビトの子……  隠し扉の鍵を外すし、壁を押すと、扉がゆっくりと開いてゆく。  そこには……あの子が………
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