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疑惑
環境保全の為の植樹式に呼ばれた竜華燕国国王夫妻と第一姫である鈴香未沙は、無事に邸外公務を終えて、帰路についていた。
途中、高速道路上にあるサービスエリアにて、トイレ休憩をとる。
王族が立ち寄るので、なるべく混雑していないサービスエリアが選ばれた。
国王一家の姿を見るや、そこにいた人々が驚いてざわめく。その騒ぎにサービスエリアの責任者が気付くと、慌てて出てきて挨拶をした。
浴びる程の視線を向けられた渦中の国王、鈴香牧は、可哀相な程に緊張した様子の責任者に、「騒がせて悪いな」と簡単に言葉をかけると、サービスエリア内を見渡した。
ずっと車の中で座っているのも、そろそろ辛い。
少し歩いて散策するのもいいかと、トイレを済ませてからサービスエリア内を気の向くままに歩き、そこにいた人々の話に耳を傾ける。
店を構えるパン屋は、宜しければと焼き立てのパンを包んでくれた。随行している人数分はあるだろう量の入った紙袋なので、妻の華菜に持たせずに牧が抱える。
そろそろ出発するか。未沙も疲れているだろうし、なるべく早く王宮へ帰ってのんびり休もう。
そう考えて建物の外に出ると、テラス席に未沙がジュース片手に座っていた。
いつも傍らにいるはずの、国王夫妻の戸籍外養子で、先頃、未沙のボディガードに就任した宮木架名の姿はなく、架名の教育係で、警護第一部隊(通称:ボディガード部隊)所属の大平教官が護衛をしている。
「架名はどうした?」
外で未沙の傍を離れるのはトイレくらいだが、牧がトイレに立ち寄って出てきた時に、架名とは出入り口ですれ違った。
「トイレに行ってきますって言ったきり、戻ってこないのよ」
未沙がストローから唇を離して答えると、牧があれから?と腕時計に目をやる。
トイレから出てきた時、サービスエリアにある仕掛け時計が、ちょうど昼の3時を知らせていた。
かれこれ30分以上は経っている。
「腹でも壊したか?」
今日随行している面々は、誰も体調を崩してはいない。架名の体調は、出発する時にはおかしなところは見られなかったし、顔色も悪くはなかった。
―――食べ物に当たったとするなら、昼食に少しあった刺身が可能性が高いか・・・・・・。
もし食中毒なら、他にも誰か体調不良者が出てもいいだろう。
「他に体調不良を訴えるものがいないか、一応確認してくれ」
傍にいる本田長官へ指示をすると、さっと他の人間の体調を確認する。
随行メンバーは、架名以外は揃っていたようだ。ものの数分で確認が取れ、誰も体調を崩してなどいなかった。
「何か変なものでも拾い食いしたか?」
両親が亡くなって、牧が架名達兄弟を戸籍外養子として引き取った当初は、人を警戒してあまり自室から出ず、手負いの獣のようだった。
牧が即位する前の話だ。
彼ら兄弟の持つ〈セラピスト〉と後に名付けられた異能のせいで、年端もいかぬ彼ら兄弟とその両親を、王宮の地下牢へ収容し、能力の開発と実験という名目で拷問した。
牧はそんな彼らをいち早く助ける為に、少なからぬ無茶をして、簒奪された王位を取り戻し、慌てて即位したのだ。
その1年後。兄弟の両親が亡くなった為に、子供達を牧が引き取った。異能のせいで命を狙われている上、近所では化け物扱いされて日常生活もままならない。街中の孤児院へ預けるわけには、いかなかった。
引き取ったあとも、拷問時に負った傷の治療や検査は続いた。兄弟は怯えることも多く、逃げ出すこともあった。精神的にも落ち着かず、弟のりなと共になかなか寝付かない架名を、ベッドに入れて寝かしつけるのに、どれだけ苦労させられたことか。
それが、未沙がその異能を知っても尚、架名を受け入れたことで、随分落ち着いた。
王宮での生活に慣れて、少しずつ自室から外へ出るようになると、意外と活発な性格が目に付くようになる。時々、目を離すとろくなことをしなかったりもした。
「まさか。落ちてるものは口にしない、知らない人からもらわないって教えましたよ?」
架名の教育係である大平教官が、ちゃんと教育してますとばかりに主張する。
が、それは世間的には中学生な彼の年齢で教える教えではない。
「あ、3秒ルールは禁止してませんけど、駄目でした?」
落ちて3秒経つ前に拾えばセーフ、という、落ちたことには変わりない、あまり意味をなさないルールだ。
架名がそのルールを知っているかは、定かではない。
「まぁ、たまたま一人だけ当たることもありますし」
本田長官が言うと、それはそうだろうがと、牧がトイレの方へ目を向ける。
「牧、一応様子、見てきた方が良くないかしら?」
華菜が心配顔で言うと、牧がそうだなと頷いて足を向けようとしたその時、トイレとは真逆の方向から、架名が慌てた様子で走ってきた。
大人達は、あそこ以外にトイレがあっただろうかと首を傾げる。
「架名様、一体どこから・・・・・・?お腹、大丈夫ですか?」
大平が訊くと、架名が驚いた顔をして、「大丈夫」と肩で息をしながら答える。
上気したその頬を見る限り、架名の体調は悪くなさそうだ。どころか、どこかで運動でもしてきたかのように、汗で髪が額に張り付いている。
その上、どことなく獲物を捕らえて主人に見せに来る猫のような、そんな雰囲気だ。
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