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捕まえたのは・・・?
「テロリスト、捕まえました」
「・・・・・・・?」
一同が、ポカンとする。
牧も華菜も、話についてこられていないのか、架名を凝視したままだ。“褒めて”と寄ってくる猫のような雰囲気だなぁと思ったら、本当に獲物を捕らえたらしい。
約10秒程でフリーズから回復した牧が、隣にいる妻に目をやる。
「華菜、テロリスト、なんて名の虫がいたか?」
ここは未来だ。自分が育った過去には発見されていない、新種の虫も当然いるだろう。
ちょっと、ネーミングセンスに問題がある気がするが。
未来だからといって、何でもアリなわけじゃない。華菜が、「この人、何言い始めるのかしら?」と呆れた目を牧に向けた。
「いないわよ、そんな名前の虫」
まるで架名が、昆虫採集でもしてきたかのようだ。
報告した当人が、ちょっと困惑した顔で養父母を見やる。だが、黙って大人達が理解するまで待っているわけにはいかない。逃げられる恐れもあるし、・・・・・・人目につく恐れも、あるし。
あの情けなさ倍増オブジェが、人目につくのは極力避けたい架名だ。
「虫じゃありません。早く警察を呼んで下さい。逃げられちゃうから!!」
牧が、面白いことを言う奴だなと、やんちゃ息子を見る父親の顔をする。
「そうかそうか。どこで捕まえた?あっちに原っぱでもあるのか?華菜、未沙、見に行こう」
昆虫採集から思考が抜け出していない。
平和でのほほんとしている大人達に、内心焦っている架名が牧を見上げて主張した。
「車に爆弾を積んでいて、手始めに地下鉄を占拠するって話をしていて」
爆弾、という言葉に、牧の思考が昆虫採集から抜け出した。本田長官の目も、物騒に光る。どうやら、本当に人間のテロリストを捕まえたらしい。
「架名様、そのテロリストは何人ですか?」
本田長官が問うと、架名がえっと、と空中で視線を固定したまま、記憶の中で数えだした。
「多分、13人・・・・・・だと。そのうち女の人が2人」
思わぬ収穫量だ。
牧も華菜も、ぎょっとした顔で架名を見やる。
随行している面々を、本田長官が手を挙げて呼び寄せて、状況を話す。その間に、大平教官がポケットから携帯電話を取り出して、警察へ通報した。
「とりあえず、その犯人取り押さえに行かないとまずいな。架名、どこだ?」
牧が問うと、架名はあっちと、自分の走ってきた方向を指さす。
随行している人数は、必要最小限だ。本来なら牧達は車で待機しているべきだが、そういうわけにもいかないだろう。
移動しようとして、華菜と未沙も足を踏み出すと、架名がバツの悪そうな顔でそろりと目を泳がせた。
「えっと、王妃と未沙姫は車で待機して頂いた方が・・・・・・」
あのオブジェ、女性の目に触れさせるのは、躊躇いがある。少なくとも、王妃と姫の目には触れさせてはならないものだろう。
早く現場に戻らなきゃと気が急く一方、華菜達に来られるのは都合が悪い。
そう思って進言すると、牧が、本来なら車で待機を命じるんだがと、ちらりと妻と娘に目を向ける。
「そうしたいが、この人数だと二手に分けるだけの余力はないだろう?」
「車内なら、それなりに安全では?」
食い下がった。とにかく来て欲しくない、と架名の目が語る。
牧はそれに気が付いて、お前、何をしたと鋭い目を架名に向けた。ぱっと見た感じ、返り血を浴びている様子はない。
「架名、必要以上に暴力を振るったとか、そういうことはないんだよな?」
エリートと言われるボディガード部隊に、楽々と入ってしまう実力を身に付けた彼だ。
ただ、年齢的には思春期。世間的には中学生で、一番難しいお年頃に突入している。最近では背も伸びてきて、成長痛が出始めた。じきに声変わりも始まるだろう。
そんな時期の子供だ。過去に凄惨な拷問を受けたこともあって、人をイジメ抜く知識は持ち合わせている。
虐待を受けて育った子供が、いざ親になった時に、対応の仕方が分からず、自分の子供を虐待してしまうというのは、良く聞く話だ。
宮木の兄弟達が、どこかで箍が外れて、自分よりも弱い者に対して暴力を振るってしまう可能性もなくはない。牧は、それを少しばかり危惧していた。
問われた架名は、きょとんとした後で、「必要最小限で捕まえましたけど」と、これまた苦労など感じさせない、まるで昆虫採集してきたかのように軽く答えた。
捕まえた人数のわりに、全く大変さを微塵も感じさせない返答である。
「じゃあ、お前は何を気にしてる?血だらけの現場というわけではないんだろう?」
「それは、そうなんだけど・・・・・・・」
――言えない。どんな光景が広がっているか、なんて。
そろりと目を泳がせた。何だか、悪戯がバレた子供のような顔をしている。
何を隠しているのかは知らないが、このまま足止めを食らっている場合ではない。急がなくては、逃げられてしまう。
牧が無言の圧力をかけ、本田長官と大平教官が、「架名様」と白状させるように厳しい目を向けた。
混迷の世を短期間で立て直した恐い王様である牧の眼光と、宮廷兵士を束ね、地獄の訓練を行う鬼の長官から向けられる、圧殺されかねない重苦しい威圧感と、キリキリと弓を引かれているような、射抜かれそうな程の鋭い睨みを向けてくる大平教官、3人の恐ろしい眼差しの前では、まだまだ子供の架名には、勝ち目などない。
未沙が怯えて、架名の服の裾を思わず掴んだ。その手が、かすかに震えている。そのことに気が付いた架名は、仕方ないかと腹を括った。この姫を、怯えさせておくのは不本意だ。
「・・・・・・縛り上げるものがなかったので」
どう伝えたら、一番耳汚しにならないだろう。考えながら口にするので、一言一言が時間がかかる。
縛り上げるものがない。思わぬ言葉が架名の口から発せられた。大人達が、無言で続きを促す。
「色々考えたら、ズボンって、ピンと張ったらロープになるかなと、思って・・・・・・」
架名が、恐る恐る、戦々恐々の様子で、牧を見上げた。
「やっぱり、軽犯罪法に触れる・・・・・・?」
上目遣いで見上げられた牧は、こいつ将来、女をたらし込むようにならないだろうなと、ちょっと違う問題を認識した。
本田長官と大平教官は、「軽犯罪法?」と首を傾げてから、架名が何をやらかしたのかに思い至る。
「・・・・・・・まさか、全部脱がせたんですか?」
本田長官が、何とも言えない顔で問う。
ここには、華菜も未沙もいるのだ。口にはしにくいことだろう。
「一応、パンツと靴下は穿いてるけど・・・・・・・・」
答え難そうに、少々顔を赤らめて口にする。目は、泳ぎっぱなしだ。
大平教官はそんな架名の様子を見て、はっとして架名の両肩を掴んだ。
「あ、んた、まさか女性まで脱がしてきたんじゃないでしょうね!!?」
問われた言葉に、架名が弾かれたように顔を上げて大平教官を見上げた。
「そんなことするわけないじゃないですか!!ズボンの数が足らなかったから、男の服を脱がすしか方法がなかっただけで!!!」
何とも言えない隠し事だった。大人達が威圧を解いて、ほっとしたように息を吐き出す。
「とりあえず、現場へ急ごう。逃げられても困る。華菜と未沙は、傍の建物脇で待機。架名が気にするようだから」
苦笑いしながら指示を出して、一行は架名の先導の元、移動した。
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