7人が本棚に入れています
本棚に追加
変な所は・・・
警察が犯人全員を護送車へ乗せて、爆弾を積んだ車をレッカーする段取りを整えると、待っていた牧の所へ挨拶に訪れた。
牧も華菜も本田長官も、そちらの対応に意識が向く。
大平教官はと言えば、未沙を同僚に任せて、架名に水分補給をさせるべく、近くにあった自販機へとジュースを買いに出た。
戻ってくると、架名の姿がない。
どこへ行ったと、キョロキョロと辺りを見渡していると、話を終えた牧達が戻ってきた。
「大平、架名はどうした?」
一人、警察の人間が本田長官の傍に立っている。この現場の責任者だろう。
「それが、飲み物を買いに出ている間に、姿が見えなくなりまして・・・・・・」
また何か見つけて飛んでったんじゃないだろうなと、牧の目が半眼になる。
「父様、架名ならあそこよ」
未沙が指さす先に、架名の姿があった。
その傍には、サービスエリアの責任者と、パン屋のおばちゃんが立っている。何やら話をしているようだ。
牧達が足を向けると、何やら架名が断っている声が聞こえてくる。
「架名、どうしたんだ?」
声をかけると、架名が「あ」と困惑顔を向けた。
「その、怪我の具合確認しに来たら、パンを下さると言うので・・・・・・。知らない人に、ものを貰ったら駄目だから・・・・・・」
教育係のいいつけを、忠実に守っていた。
大人達が、微妙にずれた架名の感覚に、唖然とする。
普通はその善悪の線引きを、自然と学んで判断していくものだが、架名達兄弟は、子供の頃から他人と接する機会が極端になかったせいで、その線引きを学ぶ機会がなかったのだ。
だから、普通に理解、判断できるだろうと思われる、そのラインの加減が分からない。
牧が、その落差に苦笑いしながら、架名の頭を撫でた。
「そうか。大平の教えをちゃんと守って偉かったが、架名、知らない人に物を貰うなという教えは、お前が誘拐されたり、危ないことに巻き込まれたりしない為のものだ。相手が善意で下さると言うものに関しては、ありがたく頂きなさい」
養父の言葉に、架名が目を瞬いて、じゃあこれは貰っても良いもの?と目で問う。
牧が一つ頷くと、パン屋のおばちゃんが差し出す大きな紙袋を、そっと受け取った。
「ありがとうございます、お姉さん」
架名が笑って礼を言うと、おばちゃんが「まぁっ」と架名の頭をその胸に抱きしめる。
「何て可愛い子なんでしょう。さすが王宮の子はお世辞も上手ね」
もっと食べたいなら、好きなの持ってっていいわよ、成長期でしょ?と、架名の頭をなでなでしながら店の方へと連れて行く。
それを見送って、牧がぼそりと小声で呟いた。
「・・・・・・失礼なことは言いたくないが、長官、あのご婦人、いくつに見える?」
眉根を寄せて訊くと、本田長官が苦笑いしながら、「40代後半でしょうか」と答えた。
「大平、お前、どういう教育を架名にしたんだ?」
あの歳で女を誑し込む(しかも随分と年上の熟女を)なんて、さすがに色々宜しくない。犯人をズボンで縛り上げたことを白状した時の上目遣いといい、将来が不安だ。
牧にギロリとした目を向けられた大平教官は、ひぃっと思わず身を引いた。
「俺じゃないですって。というか、そんな教育した覚えないですし」
あんなこと言ったら、女性に誘拐され放題のような気もするし。
むしろ、どこでそんな処世術を覚えてきたか、聞いてやりたい衝動に駆られる大平教官である。
「晶子さんじゃないの?いつだったか、架名ちゃんにお姉さんって呼びなさいって教えてたわ」
華菜が思い出して言うと、牧が額に手を当てた。「あのバカ姉」と、イラっとしながら呟く。
大平教官はと言えば、牧の姉が元凶なら、自分は無罪だとばかりにホッと胸を撫で下ろした。
危ない危ない、うっかり左遷先へ飛ばされるところだった。架名の言動、もう少し注意深く観察するべきだろうかと、心の中で思案する。
「何にしても、架名にちゃんと言っておくように。あれで誘拐されたら元も子もないだろう」
お姉さんと言われて気分を良くしたパン屋のおばちゃんに、連れ去られて行った架名だ。あの子が他人を怖がらずに関われるようになるのは良いことだが・・・・・・。ちょっと複雑な牧である。
「テロリスト捕まえてくる子が、大人しく誘拐、されますかね?」
黙って成り行きを見守っていた警察の責任者――植村警部が、思わず口を挟む。
「あれで架名は抜けている。うっかりってこともあり得るだろう。それに、怪我の具合を確認しに来た、ということは、単なる打ち身じゃ済まないかもしれないぞ?」
牧が言うと、大平教官が「え?」と目を見開いた。
「大丈夫って、言いましたよね?あの子」
「痛くない、とは言わなかったぞ?あいつ」
まるで言葉遊びをさせられている気分だ。先程の腹痛内容すれ違い現象といい、意思疎通が上手くいっていない。
大平教官が、「あのバカ息子」と声にしていないのに叫んだのが、牧達の耳に聞こえた気がした。慌てて、架名が連れて行かれたパン屋へと突進していく大平教官である。
「前にりなと大ゲンカした時に怒られたのが、堪えてるんですかね?」
数か月前の話だ。弟のりなと大喧嘩していたので、仲裁に入った。理由を聞けば些細なことだったが、二人揃ってストレスが溜まっていたのか、ちょっと派手な殴り合いの喧嘩をしていた。
一応、男兄弟同士の殴り合いの喧嘩は、流血沙汰にさえならなければ認めている牧だったが、あの喧嘩は二人揃って顔をパンパンに腫らした挙句、架名は頭にコブを作り、りなは手首を捻挫したので、牧が怪我するような喧嘩の仕方は駄目だと、二人を正座させて説教したのである。
それ以来、怪我をすると牧のカミナリが落ちると学習した兄弟達だ。
架名が怪我の具合をこっそり確認しに来たのは、一人でテロリストに向かって行ったことで怒られるだろうことを察知した上、さらに怪我をしているとそこにカミナリがプラスされるかもしれないと危惧しての行動だろう。
「牧があんまり酷く叱るから、架名ちゃん達が隠すようになるのよ?育児は仕事と違うわ。その王様威圧感を、子供達に向けるのやめて頂戴」
華菜が文句を言うと、牧がそうは言ってもだな、と言い訳をする。
「未沙みたいな大人しい娘を育てるならそれでもいいが、架名達のやんちゃぶりはなかなかだぞ、華菜。未沙を叱るように架名達を叱ったら、何をやらかすか分かったもんじゃない」
気が付いたら部屋が爆発して手足が失くなっていた、じゃ遅いんだからなと、牧が極端な話をし始める。
大平教官に連れられて架名が戻ってきた。何やら先程の紙袋とは別に、小さな紙袋が増えている。
「ただいま戻りました。怪我の具合確認しましたが、多分軽い打ち身で済むと思います。帰ったら医務室には連れて行きますが・・・・・」
良かった、大した怪我じゃなくてと大平教官の顔に書かれている。架名もホッとした顔だ。
「架名様、こちらは植村警部です。今回の件の責任者になります。後日、今日の件の事情聴取に見えるそうですから、ちゃんと覚えてて下さいね」
本田長官がそう言うと、架名が「分かりました」と頷いた。
植村警部は、こんな若い子があれだけの人数を一人で捕まえたのかと、驚いた顔をする。そう言えば、最初に到着して事情を説明した警察官も、同じような反応をしていた。
「さて、帰るぞお前達」
現場が落ち着いたのを見計らって、牧が声をかける。
騒がせたなと、サービスエリアの責任者に挨拶をすると、一同は車へと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!