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問題児は、こうして育つ
車に乗り込み、王宮へと発進する。
牧と華菜は一台目の車に、未沙と架名は二台目車に乗っている。事故があった時のことも考えて、この形態での移動だ。
架名は手に持つ小さな紙袋を、未沙に「はい」と手渡した。
「好きなものを下さると言うので、姫の好きそうなパンを頂きました」
お腹空いたでしょう?と訊くと、未沙が「うん」と頷く。架名の心配のし過ぎで、ほっとしたらお腹が空いたとは、口にしない未沙だ。
カサリと開けると、中にはクリームのたっぷり入ったコルネが入っていた。他にも、砂糖をまぶしたパンや、カメの形をしたメロンパンなどが入っている。未沙の好みそうなパンばかりだ。
それを一口サイズにちぎって口に運ぶと、ふわりと甘みのある味が口いっぱいに広がった。
未沙の顔が、ぱっと幸せそうに綻ぶ。
それを満足そうに眺めると、架名は物言いたげにしている大平教官に視線を移した。
「えっと、教官達はこっち」
架名の抱える大きな紙袋は、パン屋のおばちゃんが最初に架名に渡したものだ。
ちなみに、架名は車に乗り込む前に、牧達に少しつまみませんかと差し出したところ、俺達は別でもらっているからと、そっちで皆で食べなさいと言われたのだった。
紙袋を差し出す架名に、大平教官はそれを受け取って同僚に渡すと、お説教モードに入る。
「架名様、女性を喜ばせるなとは言いません。でも、過度な誉め言葉は危ないことになりかねないので、お勧めしません」
架名の頭に、ハテナが浮いたのが分かった。何の話だろう?と疑問に思って考えているのが丸分かりだ。
「誉め言葉?」
「さっき、パン屋のおばちゃんをお姉さんと言ったでしょう?そんなお姉さんな年齢じゃないでしょうに」
ああと、架名が合点のいった顔をする。
「晶子おばさんが、女はどんな時でも若くいたいのよ。いくら年齢がおばさんだからって、本人におばさんって言ったら駄目。お姉さんと呼びなさいって言うから・・・・・・・」
やっぱり原因は牧の姉だった。
大平教官が、「ほら王、俺のせいじゃないでしょ?」と心の中で文句を垂れる。
「それに、死んだ母さんに、怒られそうだったから」
男は常に紳士たれ。レディファーストで動くのが標準装備!!と、夫と息子を教育し続けた母だ。
ちなみに、レディファーストっていうのは、西洋では暗殺者に自分が殺されないように、パートナーである女性を先に入室させて、室内が安全かどうかを確認するために行った行動なんだぞと、架名にこっそり教えた父は、母のご機嫌を損ねないよう、それなりに母の気の済むように行動していた。
家庭円満の為に折れた結果なのだろうと、架名は推測している。
「分かりました。そういうことなら止めはしませんが、良いですか架名様、女に誘拐されそうになったら、その綺麗なお顔は武器になります。にっこり笑ってやれば、それなりに効果を発揮するでしょう。何かあったら、存分にその見た目、使っておやりなさい」
とんでもないこと教えたぞ、この教育係。と、周りのボディガード達がぎょっとした顔で大平教官を見やる。
「・・・・・・にっこり、笑えばいいの?」
架名は疑わし気な顔だ。そんなことで誘拐犯から逃げられるとは思わない、と顔に書かれている。
「ええ、にっこり、キラキラしく笑えばいいんですよ。絶対、効果ありますから」
力説だ。ふんっと鼻息荒く言い切った。
普段、未沙の前以外では、あまり笑わない架名だ。にっこり、キラキラしくかぁと難しい顔をすると、未沙がクリームのたっぷりついたコルネを、一口サイズにちぎって架名の口に押し付けた。
「!!!」
驚いた架名が、未沙の行動に目を見開く。
「口、開けて」
素直に口を開くと、未沙がパンを架名の口へと入れる。
口の中に、甘いカスタードの味が広がった。
「架名、おいしい?」
未沙が問うと、架名がこくりと飲み込んで、優しい顔で笑う。
「はい、甘くて美味しいですね」
その顔を見て、未沙が目元を和らげて笑う。
「笑えるじゃない、架名。その顔よ?」
言われて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした架名が、はっとして肩の力を抜く。
「姫の前でしか、そうそう笑える気はしないんですけどね」
そう言って優しく笑う架名を見て、未沙が小首を傾げて笑った。
「大丈夫、架名は優しいもの。絶対、人気者になるわ」
まるで将来を暗示するかのようなその言葉は、実際に架名が公の場によく現れるようになると現実のものとなる。
しかも、キラキラしい笑顔を習得した架名の、やんちゃ度合いも酷くなるのだが、それはまた別の話。
「架名様の姫様溺愛ぶりは、微笑ましいと言うか、安心すると言うか、あの牢獄の感情の抜け落ちた人形のような状態から、よくぞここまで回復を、と涙が出る思いなんですよねぇ」
日常では「この馬鹿息子」と思っていたとしても、教育係、大平教官は、こんな架名の姿を見るとほっとするのだ。
「さて、じゃあパンを頂きましょうか」
大平教官が同僚に渡していた紙袋を受け取って、架名に一つパンを取らせると、自分達も一つずつパンを頂いた。
「美味しいですね。運動の後だから余計に」
「!!!」
――しまった、肝心なこと叱るの忘れてた!!!
架名の言葉に、大平教官は肝心の、“ テロリストを一人で捕まえに行ったこと ” を叱り忘れたことを思い出した。
“ テロリストを捕まえるのは、運動じゃない!!”
当人以外、車内の誰もが、そのズレた感性に心の中でそう叫んだ。
fin.
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