2.更なる出会い

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2.更なる出会い

「そういえば、言い忘れていたのだけど」 「なんでしょうか?」  狐乃音とのもふもふスキンシップをとっているお兄さん。本人に許可を得て、ふさふさのお耳と尻尾を撫で撫でさせてもらっていると、ふと、思い出したように言った。 「実は、この家にはもう一人同居人がいるんだった」 「そうなんですか。……もしかして、奥様ですか?」 「ううん。僕は独身だし、恋人もいないよ。その同居人は、ちょっと変わり者なんだけどね。彼の名前は……」  丁度、お兄さんが紹介しようとしているその時だった。すぱあんっと、ふすまがが左右に思いっきり開いた……。 「兄ちゃん遊ぼうぜ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」 「うきゅっ!?」  狐乃音と同じくらいの年頃だろうか? 小さな男の子が元気よく現れたのだった。 「あれ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」 「きゅぅぅっ!?」 「やあ拓斗(たくと)。目が覚めたのかい?」 「うんっ! いっぱい寝た! 兄ちゃん、この子誰?」 「この子は狐乃音ちゃん。狐の神様で……」 「わーーーすげーーー! 狐の尻尾と耳だーーー! かわいーーー!」 「うきゅうぅ……っ!」  お兄さんに拓斗という名で呼ばれた少年は、狐乃音の尻尾と耳を見て、大いに目を輝かせていた。少年特有の遠慮の無い大きな声に、狐乃音はひたすら圧倒されっぱなしだ。 「ほらほら拓斗。狐乃音ちゃんがびっくりしてるよ。ちゃんと自己紹介してあげて」 「うんっ! 俺は拓斗! よろしくねっ!」 「は、はいぃ。狐乃音、です。よ、よ、よろしくですぅ!」  お兄さんは、この拓斗という名の少年のことを居候だと言っていたけれど、このお二人は、一体全体どういったご関係なのだろうかと、狐乃音は思った。  そう聞かれるのを見越していたかのように、お兄さんは説明してくれる。 「実は拓斗はね。地縛霊なんだ。……そのわりに何故か、触ったりすることもできたりするんだけど」 「おう! 俺は地縛霊だ! でも安心して! ちゃんと足もあるぞ!」  ああなるほど。とても分かりやすい説明だ。  ……あれ?  狐乃音はちょっと首をかしげた。お兄さんはあっさりと言っているけれど、それはなかなか衝撃的なことなのではないだろうか? 「そうだったんですか~。地縛霊さんだったんですね~。……って、ゆゆゆ、幽霊さんなのですか!? 地縛霊さんって!? うきゅっ!?」 「はっはっはっ。いいじゃんいいじゃん! 怖くないし、うらめしいだなんて流行遅れだし! 祟ったりなんてしないからさ! 一緒に遊ぼうぜこんちゃん!」  拓斗は狐乃音の白くて細い腕を力強く掴んで、何処かへと引っ張っていった。まるで、遊び相手を見つけたかのように嬉しそうだ。 「わはははははははははははははははははははははははははははははっ!」 「うきゅううううう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」 「まて~~~~~~~! こんちゃんまて~~~~~~~~~~~~~!」 「うきゅぅぅぅぅっ! な、な、なんだか追いかけられちゃってますっ!」  見た目的に同年代の子が現れて、拓斗は相当嬉しかったようだ。  それから先はもう、年相応のやりとりをしていた。  どたばたとおいかけっこをしたり、おもちゃで遊んだり、一緒にアニメを見たりゲームをしたり。いっぱい遊んだのだった。  このようにして二人はすぐに、友達になった。 ◆ ◆ ◆ ◆  ――そして、夜が訪れる。 「な、なんだか疲れちゃいました」  当然のことながら、狐乃音はへとへとのくたくたになっていた。 「いっぱい遊んだね。お疲れ様」 「はいぃ~」  和室の方にはいびきをかき、大の字で眠る拓斗の姿があった。がーっと夕飯を食べ、あっという間に風呂に入り、そしてさっさと寝た。 「それで、あの」 「うん。ちゃんと説明するよ」  全ての疑問をすっ飛ばしたままにしていたので、お兄さんは一つ一つ丁寧に説明をしてくれる。 「この家ってさ。すごく広いでしょ?」 「あ、はい。すごく」 「……この家はね。昔、アパートとして貸していたんだけどさ。今は誰にも貸してなくてね」 「そうなんですか」  狐乃音はなるほどと思った。だだっ広く感じるのはそのせいだったのかと。今は二階部分にいるようなのだけど、壁をいくつかぶち抜いているようだ。 「僕はね。親からこの家を相続して、ずっと管理人をしていたんだ。で、拓斗はこの家の一室に、お母さんと一緒に住んでいたんだ。一階の方にね」 「そうだったんですか」 「生まれつき体が弱い子でね。お母さんも一生懸命面倒を見ていたのだけど、病気で亡くなってしまったんだ」  あんなに元気だったのに? 狐乃音がそう思うと。 「あんなに元気なのは、亡くなった後だよ。皮肉なものだね。普段はベッドで寝てばかりでさ。遊びたい盛りだろうに、可哀想だった」 「そうでしたか」 「きっと、元気に遊びたいっていう思いが強かったんだろうね」  狐乃音は思う。遊び相手ができて、喜んでくれていたら嬉しいなと。  そしてもう一つ、狐乃音の頭に疑問が浮かぶ。 「あの。……お兄さんはその。どうして、地縛霊さんが見えちゃっているんですか?」 「さあ? たまたま霊感でも強いんじゃないかな? ああ、僕は神様でも何でも無い、特になんの変鉄もないただの人だよ」 「怖くないのですか?」 「全然。だって、拓斗だし。知り合いだし。それと、彼も言っていたけれど、足もあるし。あんなに明るいし」 「そうでした。足もあるから、大丈夫ですよね。はい。足もありますから」  狐乃音的には、幽霊は足があれば怖くはないらしい。 「拓斗が亡くなって、お母さんがものすごく悲しんでて。僕もお葬式に行ったのだけど、いたたまれなかったよ」 「そうですよね」 「で、お葬式から二、三週間くらいしてからのことかな。真夜中にね。僕が家で仕事をしていると。……ああ、僕は一応、物書きの端くれなんだ。これでもね。だから、在宅で仕事をしているんだけど。どうしても夜型の生活になっちゃうね」  お兄さんは話を続ける。 「トイレに行こうとしたところで、一階から物音がしたんだ。なんだろう。泥棒かな、とか思って一階に降りてみると。そこに拓斗がいたんだ」  今はもう、使われていない部屋の片隅で、一人の少年がうずくまっていた。以前、拓斗が母と共に暮らしていた部屋に。 「拓斗なんだね? って、そう聞いてみたら、顔を上げて、うんって頷いてさ。死んだはずなのに、気がついたらそこにいたんだって。きっと、なにか思い残したことがあったんだろうね」 「そう、なんですか」 「体にも触れられたし、食べ物も普通に食べられるし、何だか不思議だよね。……でも、僕以外の人にはなぜか、姿は見えないみたいなんだ。それと、このアパートの敷地からも、出られないみたい」  自分が暮らしていた部屋はもぬけの殻で、きっと、相当寂しかったことだろうと、狐乃音は拓斗の境遇に同情した。それと同時に……。 「お兄さんに見つけてもらえて、よかったです」  優しい人に救われて、よかったとも思った。自分と同じだと。  それにしても。拓斗が思い残したこととは、一体なんだろう? 気になるけれど、あまり人の心の底を覗くようなことをしてはいけないと、狐乃音は思うのだった。 「ま、そんな感じで、今でもわからない事だらけなんだけど。深く考えてばかりでもどうにもならないから。……あ、狐乃音ちゃん。お風呂、入らない?」 「え? あ、はい。お風呂、ですか?」 「うん。お風呂。入っておいでよ」 「はい~」  夜も更けていく。  狐乃音はお兄さんに案内され、お風呂の入り方を教えてもらって、湯に浸かるのだった。  そういえばこれは、人の形になってから初めてのお風呂だ。  それにしても……。 「ああぁぁ……。お風呂って、暖かくてぽかぽかして、ものすごく気持ちいいぃ……。うきゅうぅぅ……。とろけちゃいそうですぅ……。幸せですぅ~……」  ふわふわな尻尾も耳もたっぷりとお湯を吸って、ぺちゃっとなってしまうのだった。
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