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4.狐乃音、がんばります!
お兄さんが言うには、拓斗のお母さんは、この家から少し離れている所に引っ越しをしたそうだ。
「彼女は僕の学生時代の同級生でさ。シングルマザーで色々と大変そうだから、部屋を安く貸してあげていたんだ」
以前拓斗に『おいくら万円で貸してたんだい?』とか聞かれたとき、お兄さんは微笑みながら言ったものだ。内緒。そんな野暮なこと、聞きなさんなと。
きっと、ほとんどタダみたいなお値段だったのでしょうねと、狐乃音は想像した。優しいお兄さんのことだから、と。
「そうだったんですか」
「でも、拓斗が亡くなって、辛い思い出ができてしまったって。引っ越しをしていったんだ」
「拓斗さんも……。お母さんに会いたいのでしょうね」
「恐らくそうなんだと思う。……でもね。これまた恐らくなんだけど、拓斗の姿は、僕と狐乃音ちゃんくらいにしか見えないみたいなんだ。試しに何度かね。宅配便の人が来たときとか、拓斗に声をかけさせてみたりしたんだけど、まるで聞こえていなかった」
ふと、狐乃音は思う。
そうだ。自分にはきっと、できるはずだ。そんなイメージが頭に思い浮かんだ。
恐らくきっと、自分ならば彼をこの家の外へと連れ出してあげられる。一度も試したことなどないけれど、何故だか確信を持って言える。どうしてなのだろう?
「あの……。お兄さん」
狐乃音は正直に、今考えていたことを言った。
「その。私、多分……できちゃうと思うんです。拓斗さんを、お外に連れ出してあげることが。実際にやったこともないですし、何の根拠もありませんけど。多分、神としての力を使えるような、そんな気がするんです」
狐乃音のその言葉を、お兄さんは完全に信じた。未知なる力を備えているというのは、あり得ることなのだと。
「そうなんだ。でも、連れ出してあげたところで、お母さんに見えないんじゃ……」
それでは意味が無い。確かめるのもまた、困難だ。
「それも、多分大丈夫です。ちょっと回りくどいですけど、私が拓斗さんの姿になって、それで……」
「拓斗に側にいてもらって、拓斗の姿に化けた狐乃音ちゃんが、代理でお母さんとお話をする。通訳をするんだね?」
「そうです! それです! ……何だか、私が狐なだけに、化かしちゃうみたいで、ごめんなさいって言いたくなっちゃいますけど。でも、それなら、できると思うんです。多分……」
「そっか。狐乃音ちゃんは優しいな」
お兄さんは少し考え込んでから、言った。
「でもさ。もし、全てが上手くいったとして。拓斗の思い残しが解消されたら、さ」
お兄さんの言わんとしていることが、狐乃音にはすぐにわかった。
「うきゅっ……。じ、成仏、されちゃいます!?」
「うん。多分ね」
それは……。でも……。拓斗をお母さんに会わせてあげたい! けれど……。それが叶ったら、彼はこの世から消えてしまう……! そんな! そんなのってないよ! と、狐乃音は叫びたくなった。
どうにかして力になってあげたい! でもそれは、拓斗が本当に死を迎えることに他ならない。狐乃音は矛盾する状況に、困り果てた。どんなに考えても、解決する手段が見つからない。イメージすら思い浮かばない。
と、そこに、声をかける者が一人いた。
問題の渦中にいる本人だ。
「俺。大丈夫だよ」
「うきゅっ!? た、た、たたたたたたっ拓斗さんっ!?」
「拓斗。聞いていたのかい?」
「うん。何故か、目が覚めた。んで、兄ちゃんとこんちゃんが話してるのが、全部聞こえてたんだなこれが」
いつの間にか起きていたのか、拓斗は真剣な眼差しを向けていた。
「俺は、お母さんに会いたい。……会わせてくれないかな? こんちゃん。神様の力を、俺に貸してくれないか?」
「は、はいぃ……。勿論、お貸しします! でも、その……」
目的が果たされたとして、その後、どうなってしまうのか。
それは本人にもわかっている。お兄さんと狐乃音が心配するまでもなく、覚悟はできていた。
「いいんだ。俺、お母さんに言いたいんだ。……お母さんは、俺を丈夫な体に生んであげられなかったって、ものすごく自分を責めて、後悔して、泣いてさ。俺は、そんなことないよって、伝えたかったんだ」
その強い思いが、拓斗の魂をこの世に引き留めていた理由の一つだった。
「それにさ。……俺、こんちゃんと出会って、友達になって、この間一緒にたっぷりと遊んでさ。望みは一つ、叶ったんだよ。友達作って、いっぱい遊んでみたいっていう望みはさ」
「そ、そうでしたか。それはよかったです」
「だからこんちゃん。お願いだよ。お母さんに、会わせてほしいんだ」
狐乃音の言葉は勿論……。
「わかりました! 狐乃音、がんばります!」
お耳と尻尾をピンとさせて拳を握り、狐乃音は最善を尽くすことを誓うのだった。
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