二章

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一週間後、何とか仕事を定時に終わらせて、「ささき」の入り口の暖簾をくぐる。 「いらっしゃいませー、あら? 初音ちゃん」 おばさんが名乗ったつもりもないのに私の名前を呼んだ。 「名前、どうして……」 「本当に来た……」 公祐青年は大根を丸ごと一本鷲掴みしたまま棒立ちしている。今は間抜けな顔をしているが、しっかりした眉にまあまあ大きな瞳と長い睫毛、程よく筋肉がついていてガタイがよい。悔しいことにイケメンの部類だ。 「また来いって言われたから」 ちょっと気恥ずかしくなって言い訳していると、公祐が大根を落としかけて慌てて握り直したのを偶然見てしまったが触れないでおく。 「営業トーク間に受けてんの?」 いらっ。 「じゃあ帰る」 踵を返そうとする私の腕が、大根を持ってない方の大きな手に引っ張られた。 「あ〜もう! 折角来たんだろうが!」 どうやら帰って欲しくないようなので、仕方なくカウンターに座る。 「……チキン南蛮定食一つ」 「メシは大盛り?」 「普通盛り」 「何で」 「いつもそんなに食べる訳じゃないの」 「わかった」 自分で大根置いて書けばいいのにお母さんに「おふくろ! チキン南蛮一つ、伝票!」と叫んで厨房に消えていく。お母さんは案の定「自分で書きなさいよ!」と怒鳴り返しながら「あぁごめんね。初音ちゃんが嫌なんじゃないのよ」と言って水と伝票を置いてくれた。
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