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通常業務のほかに着替えが重なり、今日は疲れた。
蒼が部屋に戻ると、玄関に彰人の靴があった。
「ただいまです」
「おかえり」
彰人がリビングルームのドアを開けて迎えに出てきた。
「今日は早かったんですね」
「珍しくな。……蒼、かわいい」
縫いだコートの下は綺麗な花柄のワンピースだ。
以前はしなかった服装を見られるだけで恥ずかしいのに、褒められまでしたら逃げ出したくなる。
彰人はいきなり蒼を抱き締めた。
「ああ、癒される……」
会社を大きくして忙しいようだから、彰人も疲れているのだろう。
じっとしていたら、背中を包んだ腕がほどけて頬に添えられた。
顔を仰向けにし目を閉じる。
もう何度もしているのに、なかなか慣れない。
ふわりと重なるだけのキス。
唇の感触を味わうように軽く噛む真似はしても、それ以上はなかった。
「……はあ」
体が離れ、あからさまな溜め息が聞こえた。
よほど疲れているのか、それとも。
「疲れてます?もう遅いですよ」
彰人の唇に移った口紅を指で拭う。
照れ臭そうに笑う顔が、いつもながら美しい。
好きだ、と告げられた夜を何度も何度も思い出しては幸せな気持ちになる。
今でも信じられないのだ。目の前の男が蒼を好きでいるなんて。
「じゃ、おやすみ。お前も早く寝ろよ」
「はい。おやすみなさい」
けれど最近思ってしまう。
キスなら素顔の時に、男の蒼にしてほしい、と。
同居を再開してひと月ほど経つが、ふたりはまだキスから先に進めていなかった。
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