1156人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ①
俺の名前は佐倉明人。
別段変わった容姿でもない、中肉中背黒髪黒目、ザ日本人と言う感じだ。
学校に行けば友人と他愛ない話をして、家に帰れば両親がなかなか勉強をせず仲間がやっているから惰性でやってるよくわからない流行りのオンラインゲームで遊ぶ俺を怒る、至って平凡な日々。
周りに流されて生きている、特にこれと言って夢がある訳でも将来の目標がある訳でもない。
父さんみたいに普通にサラリーマンして母さんみたいな奥さんと結婚して、俺みたいな子供を育てていく、そんくらいの気持ちが無くは無いが、これを夢だの将来設計だの口にすれば馬鹿にされるだろう。
平凡で良い、そう人より強く思うのには理由がある。
俺は小さい頃から夢を見る。
よくわからない洋風な世界観、ファンタジーっぽいと言えば良いのだろうか、金髪やら銀髪やら日本ではお目に掛かれないような髪色目の色、コスプレですかと思うような服の人達に囲まれる、夢。
最初は小さい頃からゲームのやり過ぎかなと思ったが、人間だけでは飽き足りず、ドラゴンやらモンスターやらそんな生き物たちにも囲まれた時には夢ってすごいと思った。
1年くらい前からだ、山奥の城の所謂玉座と言うものに一人座る男性しか夢に出なくなったのは。
テレビで見る芸能人なんか比でないくらいのド級のイケメン、他の人と違い黒髪黒目で俺と似てるのはそこだけだけど、何故か親近感が湧いて夢の中なのに俺は「こんにちは」と声を掛けたのが始まりだった。
挨拶をした俺に男性は目を丸くして、それからフッと表情を和らげながら「こんにちは」と返してくれたのが嬉しくて。
それから1年間、俺は彼に毎日のように夢の中で話し掛けた。
彼は自分からは話しかけて来なかったけど、俺の言葉には頷き、そして質問には答えてくれる。
俺にとって夢なんだと話せば、彼も「オレも夢を見ているのだろう」と答え、「偉そうに座ってるが、俺はもう幾年も寝たきりなのだ」と自嘲気味に笑った。
「──さんは、病気なの?」
「病気?」
「寝たきり、だなんて言うから」
「ああ、いや。病では無い、そう案じるな」
「そっか。……うん、それなら良いんだ。じゃあ俺たち、同じ夢を見ているんだね」
「そうなるのだろう」
彼が楽しそうにそう笑ったところで、パチリと目が開き、眼前には自分の部屋の天井で。
下から母さんの「明人ー、朝よー!」と言う声が聞こえて、やれやれと上体を起こした。
非現実な夢から醒め、平凡な日常を行き来する日々。
それからも幾度と彼と話す夢を迎えていたある日、ふと「アキト」と呼び掛けられる。
彼から話しかけられることなど今まで無くて、「な、何?」と思わずどもってしまう俺を、彼は小さく笑った。
「そろそろ起きなくてはならない」
「え?」
「お前と、こうして話すことが叶えなくなるのだ」
「……そっか。──さんが起きるのなら仕方ないよ」
「仕方ない、のか? アキトは、オレには会いに来てくれぬと?」
「会いたい、けど……どうしてだろ、起きると聞いたらもう、こうやって話せなくなるんだって思うんだ。同じ夢を見れなくなっちゃうんだ、って」
「そうか。きっとお前が言うのなら、そうなのだろうよ」
彼は小さく息を吐き、それから「……何が好きだ?」と聞いてきた。
「好きって?」
「そうだな、生き物が良い。好きな生き物は居るか?」
「生き物……俺、猫が好きだよ」
「猫? ふむ……」
「知らない? 猫」
「いや……わかった、猫だな」
「? うん」
どうして好きな生き物なんて聞いてきたんだろう、とうっすらとする視界に、ああもう起きなきゃいけないのかと、もうこの人に会えなくなるのかと思うと、悲しくて堪らなくなる。
夢の中でしか会えないけど、誰よりも話をした大切な友人の、──さん。
「アキト、我が最愛の友よ。お前と過ごしたこの時を、オレは忘れぬだろう」
「お、俺もだよ! ありがとう!」
「ありがとう。そうか、こう言う時は、ありがとうと紡ぐのだな。ありがとう、アキト」
玉座から立ち上がった彼の、少し寂しそうな笑顔を、俺は忘れることが出来ないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!