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賢者との出会い④
俯く俺の横で、カイさんが固い声で「……どういう、ことだよ」と、小さく呟いた。
会って間もないけど、初めて聞くそれに顔を上げれば、カイさんの表情は消えていて。
「マレビトって言うのは、何か特別な力を持たされて、世界を……救えって理由で、異世界に呼んだんじゃねえのか?」
「カイ」
「なあ先生、どういうことだ? じゃあ、アキトは? 何の為に、呼ばれたんだ? 誰よりも弱者って何だよ、普通の人間までは良いさ、弱者だ? あんまりな言葉を使うなよ」
カイさんは、怒っている。
きっと、きっと俺のこと、だけじゃない。
自分のことも含めて、怒っているんだ。
平和な世界に、何の為に召喚されたのか分からなくて、3年も理由を探して世界を歩いて見てきたカイさんは、我慢してたんだ。きっと理由があるって。
「……しかし、彼には、お前のような身体能力も無ければ、私のような魔力も無いんだ。力も無い。だが、彼が異世界からやって来たマレビトであるのも、また事実だ。目を疑うと言うもの」
「……」
「か、カイさん、シモンさんの言う通りです。俺、カイさんみたいな力もないし、魔法とか使える気がしないし、あの大きい魔物にも食べられそうになってたくらいの、弱者なんです」
「アキトお! お前まで弱者って言うなよ!」
ようやくそこでカイさんは拗ねたような表情を浮かべ、「何だよそれー」としゃがみこんで床に指でのの字を書き始めてしまった。
どうしたものかと声を掛けるか悩む俺に、「放って置きましょう」とシモンさんが言い放つ。冷たい。
そこで突然、部屋のドアがバンッと開いた。
「話は聞かせて貰った!」
「……盗み聞きですか」
ズカズカと金髪の10代後半と見られる黒のローブを着た少年、の後ろから青の落ち着いたゲームで見たことがある軍服かな、を着た同じく金髪の20代前半と見られる男性が入ってきて、シモンさんが目を細めて口角を上げる。
歓迎してる笑みではない、ことは俺にもわかった。
男性がドアを閉めたと同時に少年が俺を指差した。
「師匠、このようなお荷物のような【マレビト】が居て良いのですか!?」
「ああ、アドルフ。お前のような礼儀知らずの痴れ者が居ることも私にとっては悩ましいことです。まず、人に指を差すのはやめろと何度教えれば分かるのか」
「力も無い、魔法も使えないとは、ただのお荷物では無いですか!」
すごい、俺さっきから初対面の見知らぬ人に、お荷物を連呼されてる。
そこでカイさんがスッと立ち上がり、少年に向き直ると「か、カイ!?」と怯えた声が上がった。
「よお、アドルフ。人に言えるようになったんだなあ、お前」
「お、お、お前に言ったんじゃ、ないぞ!? そこの黒の方の奴に!」
「アドルフ」
「は、はい師匠!」
名前を呼ばれてカイさんを避けるように少年はシモンさんの元に駆け寄る、男性はドアの前から動かないみたいだ。
「王都からわざわざ来たのでしょう、こんな所に何の用です」
「師匠の帰りが遅いので迎えに上がりました!」
「数日後には戻ると伝えていたはずですが? 王都を離れてまだ3日ですよ」
「3日もです! 師匠が王都を留守にされるなんて国の損失です、さあ早く戻りましょう!」
「……はあ、分かりました。先に1人で宿の私の部屋を片して置きなさい」
「はい!」
少年は元気に返事をして、男性が開けたドアから駆け足で部屋を出ていった。のを男性は再びドアを閉める。
嵐のような少年だったけど、男性は一緒に行かなくても良いのかな?
「アキト」
「え、あ、はい!」
「私は少し、カイと話があります。申し訳ないが、外に出ていてくれますか?」
「え、あ、分かりました」
「いや、アキトを1人には出来ねえ」
カイさんは首を横に振る。
俺が弱者だと分かったから、1人にさせてしまうと危ないと思ったのかな?
「でしたら、私が護衛を致します」
そこで初めて、男性が一歩踏み出して声を上げた。
「その為にシモン師は、アドルフを1人で行かせ私を残されたのでしょう」
「話が早くて助かります、ゼクス。カイ、それなら構いませんね?」
「……アキトを何処かに連れてったらぶっ飛ばすからな」
「カイ殿のお力でしたら、本当に吹き飛ばされてしまいますね。ご安心ください、役所の出口でお待ちしておりますので。さあ、参りましょう」
男性にすっと手を出されて、思わず隣のカイさんを見上げると、カイさんはハッとしたような様子で口元を手で覆った。
「アキトが、知らない人について行くのを怖がって俺に助けを求めてる……!」
「ご、ごめんなさい……」
「先生、やっぱ話今度じゃ駄目か?」
「駄目です。アキト、彼は私の弟子のゼクス。魔法の腕は弟子の中でも郡を抜いて居ますし、彼は自警団の一部隊を任されるほどの剣の腕もあります。何も心配は要りませんよ」
シモンさんにそう言われ、男性、ゼクスさんに視線を向ければ、彼は穏やかな笑みを浮かべ目を合わせるように屈んでくれる。
「……カイ殿と比べてしまうと見劣りしてしまいますが、私で我慢してくださいますか?」
「あ、いや、すみません、失礼な態度を」
「いえ、構いません」
さあ、と手を差し出されて、子供扱いされている気がするけど、これ以上躊躇うのは失礼でしか無い。
カイさんをもう一度だけ見れば、一瞬目を見開くカイさんに頭を下げて、ゼクスさんの手を取って2人に頭を下げてから部屋を出た。
「アキト殿、フードを」
「あ、ありがとうございます」
さっとフードを被せて貰う。
やっぱり黒髪黒目は、この世界では珍しいみたいだ。
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