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彼方からのトイレットペーパー
国際郵便が届くという人生初めての経験にも戸惑ったが、小包の中身がトイレットペーパーだったものだから、なんの冗談だろうと思った。
差出人はワンさん。
中国語交流会で友達になった留学生だ。
――ワンさんとは同い年で馬が合った。
スタイルがよくユーモラスで、一見軽そうな印象も与えるが、勤勉で将来のことを真剣に考えていた。そもそも日本に来てまで勉強をしようという行動力がある時点で、僕とは雲泥の差を感じたものだ。
交流会では日本の名字の多さに戸惑ったようで、自己紹介をする度に新しい名字が出てくるから覚えられないと嘆いていた。漢字だから覚えやすいのではないかと思ったが、中国語とは意味合いが違う言葉も多いため混乱を招くそうだ。
「王は日本語だとキングの意味だね」
「そうです。私は王様になるんです」
なんだか格好いい。様になっている。
僕の名字は御手洗だが、小さい頃からよくからかわれていたからあまり好きではない。
「御手洗という僕の名字は?」
「そのままの意味です」
一縷の希みは砕かれ、ワンさんは笑った。
その後もワンさんとはよく週末を共に過ごした。
お互い初めての外国の友人だ。
僕らはすぐに仲良くなった。
きっかけはクラブに遊びに行ったときだ。ワンさんは外見が良いからモテるし、紳士的ではあるが意外と女好きだということがわかった。
女好きに悪い奴はいない、というのは父の教えだ。
また、情熱的で行動的で、夜通し夢を語り合うこともあった。
「私は成功して、世界一のお金持ちになりたい」
ややもすると下世話な表現だが、ワンさんが言うと品があった。
ワンさんはそれなりの規模の社長のご令息だそうで、国に戻ったら結婚もして家業を継ぐそうだ。小さい頃から厳しい指導を受けてきており、今回の留学はひと時の休息にもなっているらしい。
計画は具体的で、10年先までの行動を決めていた。
だらだらと学生生活を過ごしていた僕はずいぶんと刺激を受けたものだ。
「ところで世界一のお金持ちになったらどうするの?」
ワンさんは少し考え、「宮廷を作って、世界一の美女を集めよう」と、冗談なのか本気なのかわからない真面目な表情で答えた。
やがてワンさんは留学期間を終え、別れの時が来た。
僕は住所を教えてほしいと申し出た。
「これからは文通をしよう」
「文通?」
「手紙を送ることだよ」
e-mailでもSNSでもよかったが、遠く離れた海外とのやり取りは文通の方が風情があると思ったのだ。
あれから一ヶ月。
何を書こうか迷っている間に、ずいぶんと時間が経ってしまった。
――ところで、なぜトイレットペーパーなのだろう。
調べたところ合点がいった。
手紙は中国語でトイレットペーパーを意味するらしい。
真面目なワンさんは、なぜ僕が手紙を求めたのかはわからないが、そのままの意味で受け取りトイレットペーパーを送ってくれたのだろうか。
いや、そんなことはないな。
あいつはすべてわかってやってる。
わざわざ高い料金を払って国際郵便を使ってまでトイレットペーパーを送ることがユーモアだと考えているのだ。
思い出に浸りながら小包を眺めていると、ふと側面に張り付けられている一枚の写真に気付いた。
見ると、ワンさんと一緒にモデルのような女性が写っている。
余白に一言。
『私の愛人。そのままの意味です』
中国語では配偶者を意味するはずだが……。
はたしてこれはどう解釈したものか。
<了>
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