第七連鎖 「夢デ逢エタラ」

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第七連鎖 「夢デ逢エタラ」

「ちょっと待ってよー。」 手を握られた。 そこで、夢から覚めたのだった。 目が覚めてからもピクは、まだドキドキしていた。 憧れの同じクラスの美少女、通称センターの夢を見ていたのである。 初めての彼女とのデート、そしてそれは初めての女の子とのデート。 夢の中で彼女はピクの手を自ら握ってくれたのである。 それは奥手の彼にとっては憧れのシチュエーションであった。 夢の中と書いて夢中。 目覚めてしまったついでに起き上がる。 スマホを見ると家族からのラインが来ていた。 面倒臭そうに開いてから、少しだけ驚く。 家族皆から同様に、電車の人身事故で帰宅が遅れるの一点張り。 彼はテレビを点けてニュースを見た。 踏切に進入し停止した自転車と快速電車の事故。 衝突の衝撃で二車両で脱輪した為に、復旧には時間が掛かる見通し。 台風の接近も相まって、明日は始発から運休との決定。 それらの情報を彼は淡々と眺めて見ていた。 ピクの学校は窓から見える場所に在る。 彼は自分には関係無いと思っていたのだ。 事故現場の二駅隣がピクの最寄り駅であった。 しかし大きな川を渡る為に、不通になると交通手段が限られる。 路線バスかタクシーの二択しかない。 だがどちらも今や、行列の最後尾が見えない程になっている。 今日中に家族は帰って来れるのだろうか? 「台風が来るっつーのになぁ。」 ピクは完全に目が覚めてしまい、寝るのを諦めてニュースを見続ける。 アナウンサーは、事故を詳しく伝えていた。 監視カメラの映像から、自殺の可能性が高い事も。 ポジは道に迷ってしまった。 大型犬なのに困っている姿は小さく見える。 動かなくなったお父さんとお母さんの家を出て暫く歩いた所。 いつもの散歩の時間を何回費やしたのだろう。 さっきまでは大好きなネガの声が呼んでくれていたのに。 どっちに進めば良いのだろう…。 その時である。 「ポーちゃん、おいでー。」 またネガが呼んでくれている。 遠くの方で紅い光が、くるくるくるくる廻っているのが見えた。 人も大勢いて、夜なのに何やら騒々しいな…。 大型犬のポジがリードも付けていないのに関心を払いもしない。 お祭りなのかな…、それにしては。 人混みを避けて裏道を進んでいく、強い風が色々な匂いを運んでくる。 ふいにポジは懐かしい匂いがするのを感じた。 …ネガの匂いだ。 急に元気が出てきたので、尻尾を振ってしまう。 ポジは道路脇の植え込みに入り込んでいく。 茂みの中からポジは大好きな人の匂いを嗅ぎ分けていった。 そこには財布が落ちていたのである。 見慣れた財布…ネガのだ! ポジは躊躇せずに、それを咥えて取り出した。 彼女達は、これを探し出す為に家を出たのだろう。 それを届けようとポジは再び歩き始める。 強風の中に霧雨が混ざってきたので早足になっていた。 ごうごう…、ごうごう…。 少年のイジメによると思われる自殺の報を受けて学校関係者が慌てていた。 通常なら遺書が無いと自殺と断定される事は無い。 だが少年は遺書以上の物を、その自らの額に刻んでいたのだ。 その少年の携帯電話の最後の通話記録からも直接的動機とされた。 だがしかし、その相手のボスと呼ばれていたクラスメイト。 彼には事情が聴けなくなってしまっていたのである。 何故なら彼も、通話直後に転落死していたのだ。 彼のスマホが発見されないのも事情解明を遅らせている。 事故か…、それとも自殺か…。 自殺した少年の第一発見者であった青年にも判らないだろう。 彼がボスの転落死の報せを聞いたとしても、だ。 確かに彼は少年のデスマスク写真をメールに添付して送信した。 受信したボスを罪の意識で一生苦しめる為に。 そして暫くしてボスは転落死した。 自殺か…、それとも事故か…。 学校関係者はパニックに陥っていた。 新学期前日に生徒が二人も亡くなってしまったのだから、当然である。 担任に連絡を取ろうとしたものの、電話もメールも通じない。 直接、現場近くの自宅に行ったものの留守であった。 よく彼女は休み中に近くの両親の家に行っている。 その事は同僚達も知っていた。 だが、そちらとも連絡が取れなくなっていたのである。 家族旅行にでも行っているのか…。 どちらにしても学校側は困り果てていた。 学校側は台風の情報も加味した上で明日の休校を決めた。 それは今件の情報収集と事態対応の為にも必要であったのだ。 生徒及び父兄、関係者各位に緊急連絡が廻る。 夏休みが、もう一日延びる事になってしまった…。 その上で学校関係者と教職員による緊急職員会議が決まった。 台風の影響も考慮して、登校出来る者達のみでではあるが。 どうやら彼等の夏休みは一足先に終わりを告げるらしい。 台風による明日の休校の連絡を受けたピクは了解の返信をした。 また夏休みが一日延びたのは嬉しい、とても嬉しい。 だけどセンターに会うのが一日延びた…という事でもある。 彼は夏休みの自由課題の為に部屋に持ち帰った彼女の写真を見た。 彼女はアイドルの様に微笑んでいる。 可愛いなぁ…、センターに会いたいなぁ…。 自由課題の集合写真を基にしたドット絵に視線を移す。 ルームライトが点いている為に目立っていないが色味が変化していた。 自殺した少年と転落死したボス、そして事故死した担任のネガ。 皆の黒い筈のドットで描かれた瞳が紅く変わっている。 勿論ピクは彼等が亡くなっている事など想像もしていないのだが。 「ありゃ、センターも感光して紅くなってらぁ。」 彼が憧れている美少女の絵の瞳もまた、紅くなっていた。 それは、彼が思っている印刷用のインクの感光ではなかったのだが。 彼は紅い瞳の彼女も可愛いと思っていた、…今は。 「ママが遅いなら夕飯買ってこなきゃなぁ…。」 ピクは団地前の交差点を渡って直ぐのコンビニに行く事にした。 窓の外は風は強そうだが、まだ雨はそれ程でもなさそうだ。 走って1分ぐらいなら、傘もレインコートも必要ないだろう。 彼はスマホも持たず、財布だけ持って家を出る事にする。 分厚い眼鏡も、近くだから要らないだろうと置いていった。 だが部屋に残された絵には、もう一つの異変が起こっていた。 ピク自身のドット絵の瞳もまた、薄紅く染まり始めていたのである。 まるで何かを報せる様に、緩い点滅を繰り返していた。 ピクは廊下に出てドアを閉め鍵を掛けた。 そして歩きながら違和感を感じている。 エレベーター前の共用灯が点いていないので暗かったのだ。 「停電じゃないよなぁ…、何でだぁ?」 それは見えない程ではなかったのだが、視力の悪いピクには少し辛い。 眼鏡を掛けてこなかった事を少しだけ後悔した。 そしてエレベーターの前で両方のボタンを押してから気付く。 「何だこれぇ。」 剥がれかけた貼り紙を元に戻した。 ヘルメットを被り頭を下げている人のイラストであった。 そして故障点検中の文字が書かれている。 「ありゃりゃ。」 だが地下1階から昇ってくるのは故障中の方であった。 階を示すボタンのライトは点いている。 「あれぇ、故障は直ってんのかなぁ?」 エレベーターが停まりドアが自動で開く。 だが室内のライトは点かず暗いままである。 「そっかぁ、ライトが故障中なんだぁ…。」 ピクは構わずに下降ボタンを押しながら、そっと乗り込んだ。 …と同時に何かに躓いた。 床が濡れているので滑ってバランスを崩す。 暗くて全く見えないので座って目を凝らして見た。 それでも、よく見えない。 何かの荷物が放置されたままである。 誰かの忘れ物にしては大き過ぎるんじゃないか? …でもそれは、確かに誰かの忘れ物であった。 雨で濡れた床に付いた手を見ると、水にしては紅い。 粘度もある…、急に頭がグラグラ揺らされる感覚がした。 「…ちっ…血…?」 それを認識した途端に急激に臭気が襲ってきた。 強烈に鉄の様な匂いが立ち込めてきて、それに生臭さが混ざる。 そして再び横たわっている物に目を凝らした。 「…ひっ…人ぉ、…の半分?」 彼は思考停止してしまった。 最早、恐怖で身体が痙攣し始めたのだ。 その時である。 がこん。 1階へ下降していた筈のエレベーターが急停止した。 彼は床に座り込んで震えているだけである。 そして何かに呼ばれたかの様にユルユルと上昇を開始した。 彼と、彼が憧れている女の子の下半身を乗せたまま…。 どれ程の時間が過ぎたのか、ピクには全く認識出来なくなっていた。 十三階段を登らされている様な気持ちで13階を通過する。 屋上入り口ホールで停止してドアが開いた。 其処もライトが点いていなかったので真っ暗である。 ただ、其処には待っている者が居た。 …上半身の彼女が、下半身を待っていたのだ。 ピクはそれが人だとは認識出来た、死んではいるのだが。 事故…、事故…。 どうやら腰が抜けてしまい立てなくなっていた。 彼は痙攣している身体を引き摺りながら這っていく。 遺体の横を抜けてエレベーターから這い出ようと藻掻いた。 その時である。 ぎゅうううっ。 彼の這いつくばっている腕が、物凄い力で掴まれたのだ。 全く振り解く事も不可能な程に強い力で。 ピクは遺体と並んで寝ている様に固定されてしまった。 彼はその状況が全く呑み込めなかったのである。 がこん。 エレベーターが急下降してきた。 そしてギリギリの所で再び停止する。 彼もまた、機体とフロアの床に挟まれる格好になったのだ。 「ぐえええぇっ…!」 彼は藻掻き苦しみながらも、隣の上半身の遺体と対面させられた。 …センター! ピクが憧れ続けていた少女が、そこに居た。 だがこれは、彼が望んでいたシチュエーションとは違い過ぎたが。 彼女の唇は血で塗られていてルージュの様に見える。 それもまた、彼が憧れ続けていた唇であった。 「ぜ…ん…だぁ…。」 彼は潰されている肺に残っている息を絞り出すように呟く。 恐怖と悲しさが混ざった言葉。 隣で横たわるセンターは、彼の憧れの美少女ではなかった。 その瞳は紅く染まり、頭上を見上げて見開かれてたままである。 そして彼の腕を掴んでいる力は尋常ではなかった。 …上半身だけなのに。 「あああ…。」 ピクを掴んでいない方の腕が蠢き始めた。 センターの表情には全く変化は無い。 腕だけが、まるで独立した生き物の様に動いていた。 指が触角の様に分断された下半身を這い廻る。 ポケットの中のスマホを探り当てて摘まみ出してきた。 指を当てて起動させ、操作をし始める。 彼女の指はラインのアプリを開いた。 とある単語を打ち込み始める。 それは彼女を地獄へと導いたパスワードだった。 NEGATIVE…。 それをグループラインで送信する。 ピクは涙を流しながら、それを見続ける事しか出来なかった。 もう全ての事が彼のキャパシティを超えている。 全く動けもしないし、満足に見る事も出来ないのだ。 ことっ…ことっ…ことっ…。 送信して直ぐに非常用階段から足音が聴こえ始めた。 まるでラインの送信に反応したかの様に。 ピクは誰かが来て助けてくれるのではないかと、一縷の望みを持った。 ことっ…ことっ…ことっ…、かたり。 真っ暗な非常口から、姿を現した影が入ってきた。 ユルユルと近付いてきたその姿に、ピクも目を見開いてしまう。 よくは見えないのに禍々しいのが分かり、皮膚感覚を猛烈に刺激した。 変な方向を向いている足を、引き摺りながら歩いてくる。 暗くてよくは見えないが頭部も変形している様だ。 血の跡を付けながら、どんどん近付いてきてしまう。 機体に押し潰されているピクの頭上で止まった。 「…ま…ざ…が…。」 彼がセンターの次に憧れていた担任の女性教師。 …ネガ。 変わり果ててはいたが判ってしまったのだ。 ピクは憧れていた女性二人に囲まれる事になる。 ネガは再び下降のボタンを躊躇せずに押した。 残っている左腕で。 がごっ、がこん…。 エレベーターはピクも切断して降りて行った。 センターと、ピクの上半身を屋上ホールに残したまま。 その床は文字通り血の海と化している。 それに浸されたまま、彼等の下半身は地下1階に届けられて停止した。 そして今度こそ故障中に戻り、動く事は無くなったのである。 センターのスマホも一緒に戻されていた。 彼女が気にしていた下半身のポケットの中に。 彼等の半分と共に、暫くは見付かる事は無いだろう。 夜が明けたら、再び日常が始まる。 清掃員が屋上入り口の遺体を先に見付ける事になるだろう。 そして関わる全ての人達が、理解出来ない事実を突き付けられる事になる。 屋上に上半身だけの二人の遺体。 地下に下半身だけの二人の遺体。 切断してしまったのは故障中のエレベーター。 事故だとするなら、どんな状況で? …誰にも説明する事は不可能であろう。 何よりも不思議な事がある。 二人の上半身だけの遺体は、手を握っているのだ。 まるで恋人同士の…心中自殺の様に。
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