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1.初めまして閻魔様
「つかっちゃん、次自転車とギターの値付けお願い」
「わかりました」
店長から指示を受け、僕はバックヤードに並べられたギターに手を伸ばす。すぐ横に置かれたノートパソコンで手にしたギターの値段を調べる。何でもない、いつもこなしている仕事だ。
ここ、隣町のリサイクルショップでバイトを始めて、今年でもう4年目になる。毎日持ち込まれるジャンルを問わない様々な品を買い取り、商品として売れる状態にして販売する。粗大ゴミとしか思えない物もあれば、思い掛けないお宝もあったりする。特に得手不得手がない僕はオールジャンルの万能型店員としてそれなりにやっていた。
つかっちゃんというのは僕の本名、小野 司(おの つかさ)から店長が付けたもの。それなりに優遇してくれるが、困った時はつかっちゃんに頼めば何とかしてくれる風潮を店内に蔓延させた張本人でもある。
傷あり特価2万5千円の値札を付け、楽器コーナーへ向かう。
「店長のお気に入りだからって調子に乗って」
「ホントムカつくわ、あのガキ」
「どうやってシメるあいつ?」
陰口が聞こえてくる。ワザと聞こえるように言っている。毎日のように聞いていればそれぐらいわかる。わかってしまう。
幼い頃から僕はいじめられっこ体質だった。貧弱な身体で自分の正義感に従った結果、僕自身がいじめのターゲットになってしまったのだ。いじめられている同級生を庇った、ただそれだけなのに。世の中は理不尽だ。
先生に言ってもその場を収めるだけで根本的な解決には至らず、両親に言ってもマトモに取り合ってくれなかった。義務教育の9年間、僕は必死に耐えた。いつか終わると信じて。
だが高校生になってもそれは変わらなかった。どこに行っても同じような人間はいる。
再び精神的にキツい3年間を終わらせた僕は家を出て1人暮らしを始めた。色んなバイトを転々としたが、ここが今のところ1番マシ。行く先々でいじめっ子体質の人間がわらわらいる。呪われているのだろうか。
「お兄さん、ちょっといいかい」
「はい、なんでしょう?」
「日曜日の朝にやっているヒーローの玩具が欲しいって孫が言っていたんだけど、この店に置いてあるかねぇ」
「それでしたら先日入荷しましたよ。玩具売り場までご案内します」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
お孫さんへのプレゼントを買いに来られたおばあちゃん。恐らく変身ベルトの事だろうと思い、僕はおばあちゃんを玩具売り場へと案内した。昨日買い取って今朝出したばかり、案の定変身ベルトは陳列棚に並んでおりお探しの物と一致したようだ。と言うかおばあちゃん、写真があるなら最初に見せてください。
お年寄りの財布の紐は結構緩い。特にお孫さんの為とあらば平気で万券を切ってくるくらいだ。この店では家具・家電がよく売れるが、それに次いで玩具が売上額トップ3に入っている。お年寄りに感謝。
お会計を済ませ営業スマイルでおばあちゃんをお見送りしたところで時間は午後5時。開店時間から入っていた自分はもう上がる時間だ。
「店長、お先に失礼します」
「おぉつかっちゃん、今日もお疲れ様」
「お疲れ様です」
帰り支度の為、荷物を置いている休憩室へ向かう。その途中、先程陰口を叩いていた連中とすれ違った。人としては好きになれないが一応は同じ職場で働く同僚にあたる。人として、礼儀として挨拶をしようと言葉を放とうとした途端、向こうの先頭を歩いていた奴に肩をぶつけられた。よろけたところをその後ろを歩いていた奴が今度は足を引っ掛けてきた。
-ドタッ-
「おーつかれー」
「お疲れちゃ~ん」
「もうマジ来なくていいから、俺らだけで十分この店回せっから、調子乗んな骸骨」
勢いよく尻餅をついた僕に三者三様の罵声を浴びせていく。わざわざ客やレジカウンターから見えない死角でやってくる辺り、その陰湿さが見て取れる。
「っ………」
足を引っ掛けられた時、どうやら変な方向に捻ったようだ。いつまでも座ったままではいられないので、兎にも角にも立ち上がり捻った足を引きずり気味にしながら休憩室に入った。
目を疑った。
休憩室の荷物置き場に置いていた僕の着替えが無惨に引き裂かれ、休憩室のあちらこちらに散らばっていた。出しっぱなしの蛇口の下にたわしを乗せて放置、壁に画鋲で張り付け、瞬間接着剤で無茶苦茶にくっつけられてご丁寧に“骸骨山”と張り紙までしてあった。制服に着替える為の更衣スペースも、着替えが無ければ意味を成さない。
幸い、公共スペースのハンガーラックにかけていたコートは無事だったのでひとまずそれを羽織って出る事にした。因みに鞄は持ち歩いていない。以前バイトをしていた所で鞄の中身をゴッソリ持っていかれた事があり、それ以来貴重品以外は持ち歩かないようにしている。
この店まではバスで通っている。店を出て少し歩いた所に大通りがあり、人や車の往来も多い。次のバスまであと5分ほどか。のんびり待つとしよう。
……こんな生活、いつまで続けるんだろう。
「れん? れん君? どこ行ったの、れん君!?」
れん、か。いい名前だ。かっこよくて今時の。つかさは女の子っぽいって、よくバカにされたっけ。
「れん君!!」
僕はその一言から絶望に似た何かを感じた。
声の聞こえた方に目をやると、母親と思しき人物が大通りの方に手を伸ばしながら叫んでいた。もっと詳しく言えば、僕がバスを待っているこの道、僕の視線の斜め前。僕もその方向に目を向けると、3歳ぐらいの男の子がスーパーカーを模した手押し車の玩具で車道を駆け回っていた。うちの店でご購入頂いた玩具だ。
叫び声の意味はすぐに理解した。大型トラックが子供の元へ迫っていたのだ。お誂え向きに運転手は居眠り運転。どこまでテンプレ通りなんだ。
「……助けなきゃ」
母親が走って間に合わなくても今自分が走ればまだ間に合う。身体が弱くても、心が砕けても、自分の正義感にだけは正直に。でないと、今までの自分を全部否定する事になる。僕は走った。れん君の元へ。
足が動かなくなった。
痛い。
れん君は玩具に夢中。
僕の選択は、きっと間違ってなかった。僕の命よりれん君の命の方が尊く価値がある。未来がある。こんな僕でも、子供1人ぐらい守れるんだ。だから後悔してない。
この日、僕はれん君を庇いこの世を去った。
そして……
「ようこそ。時の狭間、裁きの間へ。少年。」
僕は出会った。
僕に、新たな道を示してくれる方に。
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