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「!」
自転車に乗って颯爽と駆けていた皇紀の視界に、ウエットスーツに身を包み、利き手にサーフィンボードを抱えた青年の姿が映り込む。
その瞬間、衝動的に
「枻斗!」
とその名を呼ぼうと唇が動きかけたが、海から上がってきたばかりの枻斗の耳に自分の声が届くはずがないと思い直し、ぐっと声を堪えた。
その代わり、ペダルを漕ぐ足に力を込め、急いで枻斗との距離を縮める。
「…皇紀さん!」
顔のパーツ全てが認識できる距離まで近づくと、前髪を掻き上げていた枻斗と視線が合い、先に名前を呼ばれてしまう。
(もう…)
──大学を辞してから、割りとすぐ。
枻斗と『二人暮らし』を始めて以降、四六時中とまではいかないもののずっと一緒の時間を過ごしているというのに、いつでも枻斗は皇紀の姿を見つけると、飼い主の帰りを待ちわびる子犬のようなあどけなさを皇紀に見せた。
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