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Episode12 2年前の6月
「デザイン関係の仕事、っていうとひとくくりにセンスある、みたいに見られて困っちゃうんですよね。デザインって言っても俺がやってるのはほぼ九割、地味なコーディングなんで」
「……でも、デザイン関係の仕事やってる、って言うんですよね?」
「そうそう、その方がウケがいいから」
同僚の結婚式の二次会。デジタル仕様のウェルカムボードを見るともなく見つめていたとき、「これ、どうです?」と声をかけてきたのが日向だった。「これ、俺が作ったんですよー」
作った本人を前にどうもこうも言いようがないだろう。
初対面なのに、初対面だったか? と一瞬戸惑ってしまうようなフランクさだった。これで、「以前どっかでお会いしたと思ったんですけど」と言われたら完璧にナンパだ。自分なんかじゃなく、こういう奴が営業をやったら絶対成功するだろう、と、軽快に動く口元を見ながら思った。しかし意外にも日向は営業経験がなく、冗談半分本気半分で勧めてみたこともあったが、頑なに拒否された。その理由が、「人前で話すと上がるから」には笑ってしまったが、確かに(人柄だけで選ばれたであろう)二次会の司会はぐだぐだだった。人見知りしない、というのと、プレゼン能力が高い、というのはなるほど別か。
どう答えていいか無駄に悩んでしまったが、悩んだのが馬鹿らしくなるくらいあっさり、日向はどこかに行ってしまった。背中を見送ってから、そうか、すごいですねとか大変でしたねとか単純に褒めればよかったんだと気づいたが、遅かった。自分の発した言葉がどこまで転がっていったかなんて、まるで気にしていない。力加減なんて考えずにぶん投げて、それをこっちが慌てて取りに行っている頃にはもう、別のものに興味を示している。そういうタイプの人間だと思った。
隣の席のひとと話すにも声を張らなければならない喧騒。いつの間にか始まっていたビンゴゲーム。よく言えば華やか、遠慮なく言えば、噎せ返るような空気感。
一旦トイレのために会場の外に出てしまうと、なかなか元に戻る気になれず、無意識のうちにまたれいのウェルカムボードの前で立ち尽くしてしまった。代わる代わる映し出される写真に、ひらひら降ってくる四つ葉のクローバーが今にも手に取れそうなほどリアルで、思わず手を伸ばしてしまったときに、
「あっ、さっきの」
ぎくりとした拍子に、人差し指の先がカツン、とボードに当たった。
言い訳がましいことを口にしてしまいそうになり、そうだ、褒めればいいんだと、さっき言いそびれたことをようやく思い出したとき、
「いいですよねー」
先を越されてしまった。
「幸せのおすそ分け、っていい言い方ですよね。確かに幸せになるもんなあ」
お世辞でも嫌味でもなく、本心から言っているのが分かった。
ひときわゆっくり、画面の左上から右下に向かって落ちていくクローバー。それが落ちきるまで、どちらも無言だった。落ちきったあとになって、さっきまで同じものを揃って見ていたことに気づいた。
「自分は絶対にできないって分かってるから、ひとのになるとついつい盛っちゃって」
太陽に向かって微笑んでいる花嫁がアップになる。ふと横を見ると、日向も同じような微笑みを浮かべていた。思わず吸い寄せられるように見つめてしまって、あともうちょっとしたら絡め取られて動けなくなる……その寸前でかろうじて視線を逸らすことができた。無理矢理払い落とした蜘蛛の巣のような視線の軌跡。
「自分はできないって……」
「結婚式ってやっぱ、女の子のものって感じじゃないですか。悲しいかな男同士だと絵になりにくいって言うかなあ。よっぽどビジュアルいい奴なら成立するんでしょーけど」
「男同士……」
びっくりした。
こうもあっさりと口にする奴がいるなんて。
思わず前のめりになってしまったところを、必死で食い止めた。
それで今まで散々、痛い目に遭ってきたじゃないか。
このひとは同じだ、このひとなら分かってくれるだろう……そう期待して、期待しすぎて、自分も、相手も、いつもがんじがらめにしてしまう。もう恋なんてしない。どこかの歌詞にありそうなフレーズを、しかし何となく口ずさむような気軽さではなく、鏨で金属を掘るように胸に刻んだじゃないか。……
「男同士……でも、いいんじゃないですか。やりたいと思ったなら遠慮せずにやればいいんですよ。絵になると思いますよ、あなたなら」
笑顔の明度が一段階、上がったのが分かった。いろんな笑顔の種類を持っている。
「有り難うございます。お世辞でも嬉しいなあ。そんなこと言われたら好きになっちゃうじゃないですか」
「……こういうことしたい、って思ってる相手がもういるんじゃないですか」
「いましたけど。こいつなら……って。でもそいつには心と同時にカネも盗まれたんで。今は寂しい独り身です。だから今までの話全部、捕らぬ狸の皮算用なんですけどね。はは……」
「そういうこと、あまり無防備に言わない方がいいですよ」
「あー……そうですよね。気持ち悪いって思うひともいますよね」
「好きになっちゃうじゃないですか」
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